メキシコで大流行 「テキーラの母」なるメスカルとは
「テキーラの母」と呼ばれる酒「メスカル」が世界中で注目されている。今回はメキシコの「メスカル」について紹介しよう。
メキシコきってのビーチリゾート・カンクンに行ったときのことだ。レストランで料理を注文すると、ウエイターに「飲み物はどうしますか?」と聞かれた。メキシコのお酒といえばやはりテキーラだ。私は「テキーラは何がおススメですか?」と聞いた。すると、どのようなものが好みかを尋ねられた。私はこう答えた。
「家族で経営しているような小さなメーカーのもの。工業製品というよりは手づくり、クラフトみたいなのが希望です」
「この国の一番ポピュラーなのをちょうだい」と言うと、日本でも飲めるようなメジャーブランドがうっかり出てくることがある。できれば、その国でしか飲めないもの、ワインだったらブティックワイナリーのもの、ビールならクラフトビールが飲みたい。そのような意図から出たリクエストであった。
すると、ウエイターは「だったら、テキーラじゃなくてメスカルはどうですか?」と言って、メニューの「メスカル」のところを指さした。メスカルとはテキーラと同じ「リュウゼツラン」からできたお酒……程度の知識は、私にもあった。
「では、それをお願いします。どれが小さなメーカーのクラフト・メスカルですか?」と聞いたら、ウエイターは一言、こう答えた。
「全部です」
彼は、メスカルはテキーラと違い小さな作り手によって生産されていること、作り手・地域によって個性があること、今はメキシコで大ブームであることなどを説明してくれた。
調べてみると、私はそれまでメスカルについて大きな誤解をしていることに気がついた。テキーラは「アガベ・アスール」という種類のみを原料に使い、テキーラ村周辺の5つの州で作られたもの、など細かい定義をクリアしたものだけが「テキーラ」と名乗れるのだということは聞いていた。だから、メスカルとはそれ以外の地域でテキーラを模倣して作った二級品なのだと思っていた。
しかし実際は、メスカルのほうが先に生まれており、「テキーラの母」とも呼ばれていると知った。そもそもメスカルはリュウゼツラン(現地では「アガベ」と呼ぶ)でできた蒸留酒の総称で、200年ほど前まではテキーラも「メスカル」と呼ばれていた。それが産業革命によって製造過程が近代化され、大規模化されていったのがテキーラらしい。
テキーラが近代化される一方で、メスカルは取り残される形で、先住民の時代から受け継いだ昔ながらの伝統製法で作られることになった。また、原材料が1種類に限られるテキーラと違い、使えるリュウゼツランの種類もバリエーションに富むことから、個性的な味を生み出せる。こうした点が、小さなメーカーの個性豊かな味を探し求めるクラフトビールやクラフトジンの流行と相まって、メスカルが見直されているようだ。
その店のおススメをいただいてみると、テキーラとはまるで味が違うことに驚いた。無色透明なので、ウイスキーのように内側を焦がしたたるで熟成したわけではなさそうだが、かなりスモーキーな香りがするのである。これは、日本のいぶりがっこ(秋田名物いぶしたたくあん)と合わせたらうまいかも!? スモークチーズにも合いそう!と、想像力がかきたてられる。
このスモーキーな香りは製造過程でアガベを土の中で蒸し焼きにするためについたものだそう。たるで熟成せずともこんな香りがするなんて驚きである。そして、この香りこそテキーラにはない魅力という。
個性的といえば、こんな変わったものも。芋焼酎ならぬ「芋虫入りメスカル」である。リュウゼツランに寄生する「グサーノ」という芋虫がビンの中に入っているのだ。
これは、かつてメスカルはテキーラのように厳格な規定がなかったために、水で薄めた粗悪なものが出回った時期があり、芋虫を入れることによってアルコール度数の証明にしていたからとか。メスカルやテキーラのアルコール度はだいたい38~40度。このくらいの度数ならば虫も腐らずに原形を留めているはず、というわけである。
現在はメスカルもテキーラのように規制委員会が作られ、品質を厳しく管理するようになった。加水したような粗悪品はなくなったが、客の目を引くために現在も芋虫入りは生産・販売されている。私も土産店でよく目にしてはギョッとしたものだ。
ちなみに、この芋虫は食べられる。メキシコには昆虫食の文化があるのだ。グループでこれをシェアして飲んでいるときに、注がれたグラスに芋虫が入った人はラッキーで、それを飲み干した人には幸福が訪れるという「言い伝え」もあるそうな。いや、それ逆でしょ。罰ゲームでしょという気がするが……。
試しに私も「グサーノ・ロホ」という有名な銘柄を飲んでみた。土産店の店員さんは虫の味はほとんどしないと言っていたが、若干たんぱく質の風味というか、アミノ酸っぽさを感じた。芋虫も食べてみたが、苦いだけでまったくおいしくない。「芋虫はなくてもいいかな」と正直思ったが、好きな人にはたまらない、根強いファンのいるお酒だという。
この「グサーノ・ロホ」は実は日本に最初に紹介されたメスカルで、それゆえにメスカルというと「あの、芋虫が入っているやつ?」と思っている人も多い。しかし、実際は虫が入っていないものもたくさんあるので、誤解なきように。
グサーノはメスカルの「アテ」としても食される。メスカルもテキーラも一般的にショットグラスで供され、ストレートで飲む。このとき、テキーラにはレモン(日本の感覚だと「ライム」に近い)とプレーンな塩、メスカルにはオレンジと赤い塩が添えられることが多い。赤い塩にはトウガラシと乾燥した芋虫の粉末が混ざっている。こちらはちょっぴり香ばしくて、まあイケる。オレンジにちょっとの「芋虫塩」をつけてかじってからメスカルを口に含ませるのがお作法だ。
日本のメキシコ料理店でもメスカルは味わえるし、最近では日本でも専門のバーができ始めている。グサーノ入りのも入ってないものも是非一度試してみていただきたい。
(ライター 柏木珠希)
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