社外で磨いたバランス感覚 日野自社長の学び人生日野自動車の下義生社長(下)

――チームづくりではどんなことを心がけてきましたか。

「海外営業のトップになってからは一切、個人的な飲み会はやめました。たまに気心知れた同僚と一杯行くことも普通はあるでしょうが、それは派閥のようにも見える。部内の人事で2人のうち1人を昇進させないといけないときに、専務の近くにいる人だから上がったというふうに見える可能性があります。皆にチャンスは平等でなければならないという気持ちでチームを率いてきました」

「ただ、反省するところもあります。もともと社内のイベントなどは嫌いで、仕事で成果を出せばいいと考えるタイプでした。ですが、豊田社長が新任役員研修においてテストコースで自らハンドルを握ったり、様々な場面でトップ自ら奔走したりするのを見て、少し心を入れ替えました。日野に戻ってからは社内のイベントにも出るようになりましたし、もっと早くから出ていればよかったなと今では思いますね」

学び続ける組織へ 未来へつなぐチームづくり

――人材育成で考えていることは。

「社長はやりたいことが一番素早くできるポスト」と語る

「自分がやってもらったように、やりたいと手を挙げた人になるべく機会を与えたいですね。私は2~3年ごとに仕事の内容が変わっています。技術から商品企画、販売会社、海外営業など。経営人材という意味では、やはり幅広い経験を積んだ方がいいと考えています」

「今後は社内公募制度もあったらいいなと思っています。私の秘書に業務秘書という役職があり、彼がやりたいと言ったので、約30万平方メートルの工場跡地を今後どう活用していくのかを考えるプロジェクトのリーダーをやってもらっています」

――今後のキャリアはどう描いていますか。

「社長はあがりではなく、やりたいと思ったことが一番素早くできるポスト。やりたいことはいっぱいあるんです。社長就任時に社内メッセージで、25年後も輝けるブランドになると伝えました。そのためには自分にできることを精いっぱいやり、次の世代に少しでも良い状態で引き継いでいきたいと考えています」

「例えば、ある運送会社に1台トラックを納品したら、10~15年もの長い間、使ってもらえる。しかし私は10年も15年も社長をやらないでしょう。新しいつながりができた顧客には、私だけの力じゃなく、次につないでいく人が同じ思いでサポートしないといけない。そういう時間軸の長いチームをつくっていきたいですね」

――後継者の条件は。

「豊田社長からもトップは孤独だと言われましたが、まずは孤独に耐えられる胆力があること。そして変化に対してアンテナが高いこと、挑戦をいとわないことです。40歳になっても60歳になっても、新たな学びや刺激はあるはずなので、成長し続ける人がいいですね。社長はあがりのポストだと思って進化しない場合、会社の成長は止まってしまいますから」

下義生
1981年早大理工卒、日野自動車工業(現日野自動車)入社。2002年、米国日野自動車販売に出向し、上級副社長。05年、中央大学大学院総合政策研究科博士課程(前期課程)修了。15年、専務役員。16年、トヨタ自動車常務役員。17年に現職。

(安田亜紀代)

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