日本の女性登用は的外れ 女性的資質で考える新組織論
『ニューエリート』のピョートル氏、女性リーダーのマリア氏と語る

米グーグルで人材開発を手掛けた経験をもとにした『ニューエリート グーグル流・新しい価値を生み出し世界を変える人たち』(大和書房)の著書などで注目を集めるピョートル・フェリクス・グジバチ(以下ピョートル)氏が、仏ロレアル、米エイボン・プロダクツなどのブランドモデルとして活躍した後、米国を拠点にスタートアップ経営者や女性ビジネスリーダーたちのコーチングを手掛けるマリア・ベイリー(以下マリア)氏を迎え、人材育成やリーダーシップ、ダイバーシティ(多様性)について議論を交わした。ピョートル氏は女性活躍の意味は単に女性を登用することではないと指摘。マリア氏は女性が持つ資質である「女性性」から女性のリーダーシップを考えていくことを提唱する。
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――ピョートルさんは米モルガン・スタンレーを経て、米グーグルに入社され、アジア パシフィックにおける人材開発を担当されてきました。その後はグローバルでのラーニング・ストラテジーに携わり、人材育成と組織開発、リーダーシップ開発などで活躍し、独立された今もなお様々な企業の組織開発に携わっております。そんなピョートルさんから見て、日本企業における女性活用はどのように映りますか。
ピョートル:日本の典型的な職場の場合、女性が会社で成功したいのなら、男性らしいリーダーシップをとらないといけないと考えられています。男性に近い資質にならないと仕事ができると評価されないということなのです。マリアがファシリテーターを務めたワークショップに参加していた女性のなかにも、「男性よりも男性らしい部分を会社で評価されていた」と話す人がいました。
マリア:これまでの硬直的で男性的な「オールドエリート」の考え方は数十年前だったら完璧で問題なかったと思います。しかし、いまの時代は世の中のほうが多様化していて、企業が硬直的では顧客を満足させることができなくなってきています。その状況を受け入れられないと、プロジェクトに新しい感性や女性的な感性を持つ人が参加しても、その感性は生かされず、影の部分に追いやられてしまう。結果、そういう企業は成長が難しくなります。
――多様な感性が組織の中でうまく生かされていないということですか。
ピョートル:日本ではいまダイバーシティの推進が叫ばれていますが、ただ女性や外国人を増やそうとしているだけの話が多い。非常に遅れている段階だと感じています。たとえば、グーグルにおけるダイバーシティとは、多様性のある考え方のことであり、異なる性を増やすのではなく、「思考のダイバーシティ」を増やしていくという発想です。
マリア:多様性は実は自分の内側にもあり、自分の中でネガティブだと感じていた気持ちの中にこそ最大の知恵が詰まっていたりします。企業活動においては、その内側にある知恵を引き出すことで問題を解決できたり、未来を作ったりするヒントがあるのです。
管理職に必要不可欠な資質「女性性」とは

ピョートル:誰もがパブリックな面とプライベートな面がありますが、なかでも秘密を抱えている部分は、行動面に大きな影響を与えています。たとえば、性的少数者(LGBT)の人がカミングアウトできないと、自分の資質を隠すことになり、本来の能力が発揮できなくなります。つまり、組織においては本音が言える環境が大事ということなのです。LGBTに限らず、男性が支配する企業社会においては、女性は少数者です。女性は本音を言えず、女性固有の問題に目をつぶり、男性のように振る舞わなくては成功しない。そこには同様の問題が存在しています。たとえ女性が管理職に登用されても多様性は生まれないのです。そこでマリアが提起しているのが「Feminine(女性性)」ですね。
マリア:はい。女性性というのは資質のことであって、性別のことではありません。女性の中に多くありますが、男性のなかにもあるものなのです。女性性は、結果よりもプロセスを大切にする資質です。そして、物事を深く掘り下げて広げていく力や人を育むエネルギーも持ち合わせています。
――女性性はどのような局面で発揮されることが多いのでしょうか?

マリア:会議の場で例えると、女性性というのはその場で起きていることを受け入れる受容的な力です。そして女性性が持つ資質の重要な部分は「共感」です。交流サイト(SNS)が広がっているいまの時代は、企業はサービスを与えるユーザーとすごく近い関係にあります。だからこそ、流動的に対応できる「共感」という要素が重要だといえます。それから、女性性の資質として挙げられるのが「直感」です。優れたリーダーというのは、優れた直感を持っているものですが、それは女性性の部分と深く関わっています。優れたリーダーシップは、独断専行ではなく、深い聞き取り能力から来ているものだといえます。
ピョートル:会社で役員になるような女性にはある特徴があります。これは日本に限らず、ほかの国でも見受けられることですが、成功している女性というのは、すごく結果主義です。彼女たちがあまりにも硬直的で理性的な関係を強制されすぎて、自分のなかにある女性性を受け入れることができていない状況に置かれているのだと思います。
ダイナミズムのカギ握る「女性性の影」
マリア:男性性が中心の社会の中で、女性性は影に追いやられてきました。結果的に、女性性が「ネガティブな影響」をもたらしてしまっているという現状があります。私はそれを「Feminine Shadow(女性性の影)」と呼んでいます。女性性の影は、無意識のものであり、その影の部分に気がついていないときには、ネガティブな形で表れてしまうこともあります。
例えば、マーケティング戦略で達成しなければいけない目標があったとします。男性性社会は、とにかくその目標を達成することにまい進します。しかし、そこでは「この目標で本当にいいのか」「人が求めてないのではないのか」「私はあまりわくわくしないが大丈夫か」といった女性性的な感情や違和感は封じ込められてしまう。女性性からくる感覚がよしとされていないし、発言も求められない。だから、その気持ちは影にまわってしまうのです。

しかし、そうやって影に追いやられた女性性は消えるわけではないので、結果的に「目標に向けた仕事が全然はかどらない」「アウトプットの質が著しく低下する」「そういう雰囲気が結果的にチームの士気を下げる」というネガティブな影響を引き起こしてしまうことがあるのです。できないことを人に頼り、助けを請うといった女性性が男性社会の中では表に出せないから、その気持ちが影にまわってしまう。表で出すことをさえぎられた女性性は、消えることはないので、より複雑なコミュニケーションというネガティブな形で結局表に出てしまうのです。そうなるとただただ混乱してしまうことになりますよね。そしてみんながゴールに向かっている動きを止めてしまうことにもつながってしまうのです。
また女性性の影として表れるものに怒りの感情があります。これは、気がついていないと悪い方向に出てしまうこともあります。「女性は感情的になりがちだ」という誤解を生みます。しかし、きちんとコントロールされた怒りであれば、勇気を持ったお母さん熊のような強い力になります。それによって、大きなリスクがあっても会社が新たなチャレンジをする原動力にもなりますし、社員を守る力にもつながるのです。
このように共感やコミュニケーション、クリエイティビティーという優れた感性である女性性は、それを発揮できない環境に置かれると女性性の影としてネガティブな問題を引き起こすことがあります。しかし、逆に女性性を大切にしてそれを生かすことができる環境を与えられれば、企業活動においては非常に強い力となるのです。ダイバーシティの本来の意義は、こうした優れた感性をすくい上げ、その感性に活躍の場を与え、組織にダイナミズムを与えていくことだと思います。
企業活動における女性性と男性性
マリア:一方、女性性を理解するためには、その対となる「男性性」という概念も理解することが重要です。男性性というのは従来の企業活動では前面に出ていた概念です。結果やゴールを最重視して、それをがむしゃらになし遂げようとする力が男性性の源です。重要なポイントを指摘していく力があるいえます。つまり、女性性が過程を重要視するのに対して、男性性は結果やゴールを重要視しているということです。
ピョートル:女性性リーダーシップは「共感型リーダーシップ」、男性性リーダーシップは「結果重視型リーダーシップ」といえるかもしれませんね。
マリア:私たちが伝えたいのは、「女性性のリーダーシップをもう少し持ちましょう」ということだけで、女性性だけではダメです。あくまでも、男性性の持つ意思決定を進めていく力と女性性の持つ共感とが統合されたリーダーシップが必要だということを忘れないでほしいと思います。

ピョートル:私は、「リーダーとして必要なのは、何をすべきかということよりも、何をすべきではないか、ということをわかっていることである」と考えています。「何をすべきか」というのは男性性に依存する部分、「何をすべきではないか」というのは女性性に関わる部分といえるかもしれません。TPOによって自分の中の女性性と男性性を使い分けることがリーダーの条件といえるかもしれないですね。
マリア:その通りです。もちろん、どこにたどり着くかということや早く前に進んで行くことももちろん大切ではありますが、その過程でどういったクリエイティビティーを生み出せるかということも大事です。結果だけにとらわれていると、表面的なことだけに取り組むことになり、その奥にあるものを見落としてしまう可能性があるからです。
ピョートル:ユーザーと会社とをつなぐことが現代のビジネスのポイントでもあるので、女性性のあるリーダーシップでコミュニティーを作る能力というのが求められていると思います。たとえば、米エアビーアンドビーや米フェイスブック、それからメルカリにも「コミュニティー・マネージャー」という職種があるほど。つまり、共感に基づいたビジネスモデルや働き方でないといまは生き残れない時代だということなのです。僕が経営するプロノイア・グループにもmirai forumというコミュニティーがあり、参加者と一緒に「未来創造」をするために毎月イベントを開催しています。
マリア:現在のビジネスで成功するためには、コミュニティーをつくることが求められていますが、そのなかでどうしたら人とつながることができるのか、どうしたらうまく感情を表現することができるのか、というのを改めて学ぶべきです。
価値観や気持ちに共感することが求められている
ピョートル:今回、マリアとワークショップをご一緒して感じたのは、日本には女性性のあるリーダーシップが必要であるということ。それを再認識しました。というのも、残念ながら日系の大手企業では、思いやりのあるリーダーシップが欠けているからです。
私がかつてグーグルで実践したマネジメント教育の土台は、「sympathy(同情)」「empathy(共感)」「compassion(思いやり)」の3つです。つまり、結果を出すだけではなくて、社員をいかに人として見るかというリーダーシップの育成が行われているのです。社員でも顧客でも、相手の反応を先読みして、価値観や気持ちに共感することは、いますごく大切なことだと感じています。わが社もこの概念を常に忘れずに、パートナーの方々と日々接しています。エグゼクティブ向けの研修で実践することもあります。
――マリアさんがご覧になって女性性リーダーが活躍している企業はどこですか。
マリア:米アクセンチュアがそうですね。会長兼最高経営責任者(CEO)のピエール・ナンテルム氏は、女性性を兼ね備えた優れたリーダーの象徴です。彼はとても率直でありながら、どれくらい社員のことを思いやっているかが伝わるリーダーです。会社が抱える問題について経営陣だけでなく社員にも率直にさらけ出し、社長としてではなく一人の人間としての自分の向き合い方を示し、皆にも同じようにその問題解決に加わってもらうことを求めます。
彼が会社で話をするときには、いつも幅広い視点で状況を理解していることを伝えようとします。例えば経営陣の課題意識、社内の女性が抱えている気持ち、そして彼自身の気持ちについて発言したのち、それらが互いに協力しあいながら解決されることを呼びかけています。会社が成長していくためには、自分にはメンバーからの支援と学びが必要であることを明示しているのです。
彼は、リーダーが一人でトップに立つヒーローズジャーニーをしているのではなく、「一緒に」協力していくことを求めるリーダーです。つまり、従来のリーダーのように自分が答えを持っていることを会社へ示そうとするのではなく、適切な人たちに適切な問いを投げ続ける、イノベーティブなリーダーのスタイルを持ち合わせているといえます。

――最後に日本のビジネスパーソンに心がけてほしいことや、理想のリーダーシップについてお聞かせください。
マリア:変化の激しい時代に、いま、皆さんや皆さんの会社、あるいは国にとって最も適切な問いはなんですか? 好奇心を持って、周囲にいる若い人、年を取った人、女性、男性、子供たちのことを見渡してみてください。皆さんの日常の習慣を変え、会社の中で訪れたことがないフロアや、これまで足を踏み入れたことのない街に出かけたりしてみてください。まだあまり話をしたことがないような、自分とかけ離れた人達と、会話をしてみてください。好奇心を持って、彼らが何をしているのか、それがどうしてか、どんなことがうまくいっているか、いっていないか、色々と質問をしてみてください。
自分の権威や地位を守ろうとする必要はありません。ただ相手の話を聞くだけでもいいんです。何日も、何週も、何カ月も、聞き続けてください、真の「問い」がおのずと見つかるまで。また、その問いを誰に投げかけるべきかがわかるまで。そして、自分のことをなんでも話せる信頼できる人を見つけてください。自分が話を聞いてもらう分、話をしっかり聞いてあげてください。相手が何を大切にしているのか、心配しているのか、難しいと感じているのか、聞いてあげてください。こうした練習によって、自分が必要としている支援が何かわかるだけでなく、どのようにその支援を求めたらよいかということがわかってきます。
皆さんが、会社と、皆さんの人生と、社員の人生を最も輝かせるためのリーダーシップを見つけることを心から願っています。
ピョートル:僕は「誰もが自己実現できる社会」を目指しています。そのために、自分の経営する会社でも、社員の自己実現を一番に応援する会社でなくてはいけないと考えています。よく講演をやっていると、「社員の自己実現を応援する秘訣はなんですか?」と聞かれるんですね。
秘訣はシンプルです。「人を見る」ことなんです。好奇心をもって、社員ひとりひとりのことを、人としてしっかり見る。それは思いやりを持つことであり、たくさん質問をすることでもあります。僕は経営者として、おそらく指示や命令を伝えるよりも圧倒的に社員に質問をすることが多いです。だって、「どうしたいか」「どうすべきか」は必ず本人が一番わかっているから。心理的安全性を保ちながらお互いの「うちに秘める考え」を上手に引き出すことのできる関係性を築くことが、社員の自己実現を支援する秘訣だと僕は考えます。
これはまさに、共感や思いやりに基づいた、女性性のあるリーダーシップです。その素質は、女性に限らず、必ず男性の中にもあります。僕だって男性ですからね! 皆さんもぜひ、自分の中の優しさと柔軟さをもって、「人を見る」ということをやってみてください。


(ライター 志村昌美、写真 小川拓洋)
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