聖心女子学院の大山江理子校長東京都港区の高級住宅街に小中高の生徒が集う聖心女子学院。美智子皇后の母校であり、「お嬢様校」のイメージも強いが、女性の活躍の場が広がるなかで変身を遂げつつある。象徴的なのが、小学校にあたる初等科で2016年に始めた学童保育。「子供を育てながらバリバリ働く卒業生が増えてきた。母校としても支えていきたい」と大山江理子校長は語る。創立110年を迎えた伝統校の考える女子教育のあり方とは。
■共働きが増え、約5年前から学童保育を模索
「おかえりなさい!」
聖心の学童保育施設「ジョアニークラブ」では、授業を終えて入室する生徒にスタッフがこう声を掛ける。まずは机で静かに宿題に取り組む。その後、ゲームや工作をして遊び、夕方4時にはおやつの時間。まるで家のような空間だ。
学童保育を始めた2年前、名門の女子校ではまだ珍しく、「あの聖心が」と話題になった。「学校のモットーは社会に貢献できる女子を育てることですから、自然な流れです。頑張って働いている卒業生が母校に子供を入れたいと思ったときに、学童保育がなかったら困りますよね」
初等科1年の生徒数は100人弱。共働き家庭の割合は「正確に数えたことはないのですが、以前はほとんどいなかったと思います。それが今では2~3割ぐらいですね」。現在、ジョアニークラブには初等科の約300人が登録し、40~50人ほどが定期利用している。
最近では英語や音楽など習い事のある学童保育も出てきているが、ジョアニークラブではあえてそういうカリキュラムは設けていない。「お稽古などは家庭でやっていくべきものなので、学童保育でやるのは違うかなと思いました。静けさの中で学習に励んでほしいと考えています」。名前の「ジョアニー」は学院の創立者が生まれたフランスの町の名前。ぶどう畑の広がる穏やかな田舎だという。創立者の子供時代のように豊かなときを過ごしてもらいたいという思いをこめている。
女性の社会進出が叫ばれ、少子化も進むなか、女子校や女子大の存在意義を問う声も聞こえてくる。共学化に踏み出す学校もあるが、大山校長は「もっと女子教育を追求したい。世の中の変化の激しい今の時代だからこそ、女子として教育する意味合いがあると思っています」と強調する。
■思春期の早い女子の発達に合わせた独自制度「4―4―4制」
子育てしながら働く卒業生を支援したいと話す09年に就任した大山校長が力を入れるのが、聖心独自のカリキュラム「4―4―4制」による教育内容の充実だ。創立100周年の08年に導入した。一般的な学校では初等科が6年間、中等科と高等科がそれぞれ3年間だが、聖心では小中高の12年間を4年ごとに区切り、「ファーストステージ」「セカンドステージ」「サードステージ」としている。
「小4だと男女ともにまだ子供っぽいところがありますが、女子は小5になると急に発達し、思春期が男子に比べると早いです。また、中3になるとすでに将来の進路を考え始めたりします。女子の発達段階に合わせた教育を追求した結果、今の体制になりました」
制度の導入に合わせ、中等科の一般入試もやめた。以前は中学入試で約40人を受け入れていたが、学年の雰囲気が変わってしまい、さらに学習内容も急に変わることによる生徒の戸惑い、通称「中1ギャップ」が少なからずあったという。現在は中1の教科書を小6で使ったり、算数から数学への移行をスムーズにするように授業内容を工夫したりしている。「12年間、スパイラル状に上がっていくイメージです」
同時に、2クラスだったのを3クラスに分け、1クラスの人数を32人と少人数教育にした。「生徒はより学習に集中できるようになったと思います。また、小中高の先生間の連携が加速し、一人ひとりの生徒を長い目で見ることができるようになりました」。中高の理科の先生が初等科に出前授業をすることもある。もともと小中高が同じ敷地内にあるというメリットを最大限に生かす。
定期的に外部講師を招いて講演会をしているが、これもステージごとで実施。同じようなテーマでも、例えばファーストステージは介助犬の体験、セカンドステージは盲目のエッセイストの講演といったように変えている。
■グローバルな姉妹校ネットワークを活用し、海外経験を充実
「グローバルマインドを育む」ことを標榜する聖心は英語教育にも熱心だ。小1で週2時間の英語授業があり、「GTEC」と呼ばれる英語試験では高校3年生の約2割の生徒が東京大学合格レベルの点数に到達している。
5年ほど前から留学制度も充実させた。1年間の留学の他に、3~4週間の短期留学があり、行き先はアイルランドやオーストラリア、台湾など様々だ。留学先は姉妹校。世界30カ国・地域に姉妹校を持つネットワークも聖心の強みだ。「人を通じて世界を知ってもらいたい」と姉妹校からの留学生受け入れも増やしている。
カンボジアやフィリピンなどでの夏季体験学習も設けた。1週間のカンボジア体験学習では「キリング・フィールド」(ポル・ポト政権下のカンボジアで大量虐殺が行われた場所)などを見学し、平和について考える。「グローバルマインドのキーワードは『共生』だと思うんです。自分がよければいいというのではなく、『共に生きる』ということを考えてほしい」
今だからこそ女子校で学ぶ意味があるという海外に渡航できるのは高学年だけだが、校内でも難民問題に取り組む卒業生の講演があったり、交換留学生を初等科の学生が案内したり、低学年の頃から世界に目を向けるための教育を心がけている。
こうしたグローバル教育が奏功し、「最近では海外の大学に進学するケースが増え、生徒の進路選択が多様化してきています」。系列の聖心女子大学への進学は17年度で全体の半分ほど。外部の大学へ進む生徒が選ぶ学部は人文・教育系が最も多いが、医学、理工系、芸術系と多様だ。国際協力の分野で活躍する卒業生も多く、講演会の外部講師として招く機会も増えているという。
サードステージでは進路担当の教員が「まず生き方を考えなさい」と生徒に指導する。9~10年生(中3~高1)では適性検査や、卒業生の話を聞いて将来を考える機会を意図的に設けている。受験ありきではなく、なりたい自分から逆算してどういう学習をすべきかを生徒に問うわけだ。
■「今だからこそ女子校の意味がある」
12年間、特殊な環境で育つ女子は世間的には「世間離れ」という印象があるかもしれない。しかし聖心が育てようとしているのは深窓のお嬢様ではない。むしろはっきりと主張できる女性だ。5~8年生でもパネルディスカッションなどの機会があるが、積極的に手を挙げて発言する光景は珍しくない。
「12年間も一緒に過ごすので人間関係は密接になり、変に気を使うことなく意見が言える環境です。世に出てからは女性として見られ、固定観念にさらされることもあるかもしれませんが、その前に自分らしさを発揮するということをここで経験すること、それが女子校の意味だと思うんです。卒業してから何かつらいことがあっても、流されたり、世の中こんなものかと諦めたりせず、大事だと思うことを大事だと言えるように」
大山校長が担当する宗教の授業では、「女性として生きるとはどういうことか」といったテーマで議論することがある。「次回は『#Me Too』(SNSでセクハラの被害体験などを告白すること)をテーマにしようと思っています」
「100年の伝統は大事」としつつも、大山校長は学校説明会で保護者に「学校は時代に合わせて変わっていくものです」と話す。タブレット端末やノートパソコンの貸与、電子黒板や無線LANの導入などIT(情報技術)化にも積極的だ。「21世紀の女子教育とはどうあるべきか、ずっと模索しています」
(安田亜紀代)
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