タコの行動に人間と共通点 合成麻薬投与実験で判明
タコと人間には特定の社会行動に関して、同じ脳の仕組みがあるとする研究結果を、米ジョンズ・ホプキンス大学の研究者が2018年9月20日付けの学術誌「カレントバイオロジー」で発表した。
この研究の方法は変わっていて、合成麻薬MDMAをタコに投与したあとの反応を調べたものだ。薬物摂取後にタコが見せた反応は、人間が見せるものとかなり似ていたという。タコに薬物を与えることも議論があるだろうし、そもそも系統的にみてタコは人間から遠い動物だ。タコの研究から、私たち何を得られるのだろう?
話は3年ほど前に遡る。ある研究チームがカリフォルニア・ツースポットタコ(Octopus bimaculoides)のゲノムを解読。その後の研究で人間のゲノムと配列を比較したところ、両者は5億年前に分かれたにもかかわらず、同一な領域があることが分かった。その共通する部分には、社会的行動にかかわる特定の神経伝達物質(ニューロン間で信号を送る脳内の化学物質)の伝達に関するものが含まれていることが分かった。
この類似性が実際の行動に現れるか試したのが、今回の発表されたジョンズ・ホプキンス大学の研究チームの実験だ。カリフォルニア・ツースポットタコ4匹にMDMAを投与した。このタコは社会性がほとんどない。しかし、ドラッグを投与されたタコはリラックスして、投与前よりも仲間同士で触れ合うことが多くなった。
論文の筆頭著者で、同大学の神経科学者であるグル・ドーレン氏は、合成麻薬を投与されたタコは隣のケージのタコと触れ合おうとして「ケージに抱きついたり、口にあたる部位をケージに押し付けたりする傾向が見られました」と話す。「これはMDMAを摂取した時の人間の反応にかなり似ています。人間もしきりに互いに触れ合おうとするようになりますから」
つまり、実験の結果、ヒトとタコははるか昔に進化の上では別々の道に進んだにもかかわらず、脳の中の社会的行動をつかさどる部分は変わっていないことが示唆されたことになる。
タコと人間、違いと共通性
実はドーレン氏のタコへの関心はもっと広い。まずタコは分類的にはナメクジに近いのだが、驚くほど賢い。水族館の水槽から脱走する、ガラスの壁が割れるほど強く岩を打ち付けるといったことは日常的に起きている。
生物としては、見かけ以上に人間とタコは大いにかけ離れている。知能を生む脳の構造を見ても、タコには哺乳類のような大脳皮質はない。それでも、タコは驚異的な認知能力があるわけだ。
「エイリアンの知能を研究するみたいな感じです」とドーレン氏。「複雑な認知行動を支える神経系を作り上げる『ルール』について、新たに見つかることがきっとあると考えています。人間の脳は複雑で、研究では別の脳の組織に悩まされることがありますが、タコの研究ならそうしたことはありません」
知能だけではない。タコを研究することで、腕の再生やカムフラージュなど、タコがもつ驚異的な生態のメカニズムについても解明できるだろうとドーレン氏は言う。こうした研究から、ロボット工学や組織工学で新たな成果が生まれそうだ。
タコの能力で興味深い点はまだまだある。自閉症につながる遺伝子を持つタコは、自閉症の人間ができないタスクをこなせるのだ。さらに、1度生殖すると死んでしまうタコがいる一方で、何度も生殖できるタコもおり、ここから、加齢に関する知見が得られるかもしれない。
タコに悪影響はないのか?
話を今回の発表に戻そう。そもそもタコに合成麻薬を与えることは、研究とはいえ倫理的に許されるのかと思う人もいるだろう。ナショナル ジオグラフィックが生命倫理学者数人に取材したところ、対象の動物が人道的に扱われている限りは問題ないだろうとする学者が多かった。タコにストレスがないか監視し、兆候があればすぐに実験から外す、依存症になるほどの頻度で薬物を与えない、などだ。
「倫理上の大きな要請は、タコを痛みや苦悩の体験から守ることです」と話すのは、米ベイラー医科大学の医療倫理学者ジェニファー・ブルーメントール=バービー氏だ。
米デポール大学の生命倫理学者、クレイグ・クルーグマン氏は、目的が重要だと考えている。「おそらく一番大事なことは、研究の目的、つまり目標です。医学や獣医学に役立てようとしているかということです」
ドーレン氏によると、米国では、タコを使った実験には昆虫やミミズの場合と同じルールが適用されるという。一方、ヨーロッパの当局は12年前、頭足類を無脊椎動物の中では唯一、脊椎動物と同等に扱うべきものと定めた。
ドーレン氏のラボでは今回、マウスの場合と同じガイドラインに従ってタコの実験を行ったという。氏は倫理上の問題が見られなかった主な根拠として、実験後に米マサチューセッツ州にあるウッズホール海洋研究所の水槽に戻されたタコが生殖を始めたことを挙げた。また、タコが墨を吐くのはストレスのサインだが、これも実験では一切見られなかったとドーレン氏は話した。
「タコは広く食用にされていることも忘れてはいけません」とドーレン氏は言う。「研究のために、タコに負担をかけることは確かにあると思います。でも、実験では、食べられるときよりは丁寧に扱われています」
(文 Lori Cuthbert、訳 高野夏美、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2018年9月25日付]
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