生徒の自主性を重んじる教育方針のようにも聞こえますが、中学時代は、そんなことはまったくありませんでした。もっと勉強しろと先生から口うるさく言われましたし、生徒に対する管理も非常に厳しかった。

「高校になると自由放任。『愛すべきどうしようもない学校』が私にとっての市川高校」と振り返る

ルールに縛られるのが大嫌いなのと同様、管理されるとやる気がまったく起きない性格でもあったので、中学生活は非常に窮屈な毎日でしたし、楽しい思い出もほとんどありません。

勉強は、授業中以外はほとんどしませんでしたが、試験の成績はよく、高校では特に成績優秀な生徒だけを集めた特進クラスに入りました。

高校は自由放任だった。

高校は一転、教育方針通り、生徒の自主性を尊重する自由な雰囲気でした。自由というよりは、むしろ放置という表現のほうがピッタリくるぐらい、勉強に関しても生活態度に関してもまったく干渉されませんでした。

例えば、ある日の授業中、「暑いから髪でも切ろうかな」とか言って、いきなり自分で髪を切り始めた生徒がいましたが、先生も、騒がなければいいよみたいな感じで黙認。その生徒もまったく悪びれる様子もなく、調子にのって、授業中に髪型をちょんまげにして遊んだりと、進学校の授業風景とは遠くかけ離れたものでした。

受験勉強も生徒任せ。先生の中には、受験対策は塾の先生のほうが上手だからと、自分の授業を聞くよりも塾通いをすすめる先生もいました。こんな感じでしたので、大学受験は、現役の時は合格を半ばあきらめ、浪人してから頑張るというパターンが普通でした。

自由放任の校風は文化祭にもよくあらわれていました。

市川中学高校は、現在は共学ですが、私のころは男子校だったため、文化祭はいつも荒れ気味でした。ある年の文化祭では、演奏していたロックバンドが盛り上がりすぎて、バンドメンバー全員が上半身裸でギターを振り回すなど、ほとんど暴徒化。メンバーの一人がギターを空中に放り投げたら、それが放物線を描いて校舎の窓ガラスを直撃。ガラスは大きな音を立てて粉々に割れました。

一応進学校なので、子どもを入学させようかなと考えている親御さんたちも大勢、文化祭を見に来ていましたが、その光景を見てちょっと引いていました。