創作に没頭するスタジオにはキーボードやパソコンのほか、様々な音響装置が所狭しと並ぶ

「ただ、音が聞こえにくいこと自体、音楽を作るうえではそれほど深刻な問題だとは思っていません。ベートーベンだって、耳が聞こえないのに作曲をしていたわけですから……」

――自分が死んだら日本に埋葬してほしいそうですね。

「病気になる前は特にそう感じていました。あの黒々として、しっとりと湿り気があって、ミミズや微生物がいっぱいいるような、日本の土がやっぱり僕は好きですね。米国や欧州の土はどうしても白茶けていて好きになれません。日本の土の方が落ち着きます。だから火葬ではなく、できれば土葬にされるのが理想です。自分の体の栄養分を微生物にしっかり食べてもらい、別な形で生かしてもらえたらうれしい。現実的に土葬は難しいでしょうが、気持ちとしてはそんな風に考えています」

人生をリセットした巨匠ジョン・ケージの言葉

スタジオのピアノには現代音楽の巨匠ジョン・ケージの曲の譜面も置いてある

「今でも不思議に心に残っている言葉があります。それは10代のころからずっと憧れていた現代音楽の巨匠ジョン・ケージに聞いた話です。1984年にマンハッタンの家を訪ねて、3時間ほどインタビューする機会があったんですが、ジョン・ケージは旅行先で3回、荷物をなくした経験があるそうです。結局、3回ともに荷物は戻ってこなかったが、いずれも人生をリセットして再出発するのにとても良い転機になったというんですよ」

――災いを転じて福となすということでしょうか。

「人間はどうしても多くの荷物を抱えてしまいがちですよね。僕も荷物は多い方でなかなか減りません。でも、時には断捨離のように、思い切って荷物を捨て去る勇気が必要になる。それは今もよく考えさせられます。また、ものは考えようで、いろいろな意味で、がんになったことに感謝している。治療中はつらい思いもしましたが、病気を前向きにとらえています。ジョン・ケージとは最初で最後の対面になりましたが、交わした多くの会話の中で特にそんな言葉が印象に残っています」

人生で最大の恩人は大島監督

――66歳になった今、人生を振り返ると最大の恩人は誰ですか。

「バッハ、ドビュッシー、武満徹、小泉文夫、ジョン・ケージ……。音楽で影響を受けた人はたくさんいます。でも、人間として交流を持ち、しかも重要な仕事を手がけるチャンスをもらったという意味では、やはり大島渚監督が最大の恩人かもしれません」

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