1000分の1秒の指導力 女性指揮者は小澤氏の背を追う指揮者 三ツ橋敬子氏(下)

三ツ橋氏が生まれて間もない1982年には、松尾葉子氏が、小澤氏も優勝して名を上げたブザンソン国際指揮者コンクールを女性で初めて制していた。パイオニアとしての松尾氏の活躍も見ていた三ツ橋氏にとって、指揮者へ憧れることは特別なことではなかった。

女性だからと意識することはほとんどないという

それでも、大学の指揮科に進むと環境は一変。周囲はほぼ男性しかいなかった。「当初は戸惑い、自分の女性らしい部分を意識的におざなりにしていた時期はありました」

しかしそれも、イタリアへの音楽留学の経験を通して変わっていったという。

「イタリアではすでに、議会など政治の世界も含めてリーダーとして活躍する女性が多かった。それでいて、ファッション一つ取っても、非常に個性的だったり、女性的だったり、自然体でした。“鎧(よろい)”ではなく“自信”をまとったロールモデルをたくさん目にしたことで、私自身の価値観も刷新されたと思います」

「そもそも海外では、髪や肌、瞳の色もそれぞれ違う。アジア人として扱われることは数あれど、女性であることをことさらに注目されることはほとんどなかったですね」

ヒール靴で指揮、なぜ?

とりわけデビュー当時、日本のメディアからはヒールのあるパンプスにポニーテール姿で指揮する様子が印象的に取り上げられることも多かった。

「女性だからこのスタイル、というわけでは全くないんですよ。海外には長い髪を振り乱して指揮をする女性もいますし(笑)。楽団員とのやり取りに関しては、『女性ならではのしなやかなコミュニケーション力』と褒めてもらうこともあります。でも、これも正直自覚はないです。ガツンと強い態度で対峙することも実際にはあるので」

ヒールのある靴を履くのは身長が約151センチと小柄だから? そう問うと、これも「指揮台の高さは調節できるので大きな理由ではない」という。

「実はこれ、バレエダンサーに薦めてもらったダンス用の靴なんです。都内の専門店でオーダーメードしてもらっています。安定性が高く、フラットな靴を履いたときよりも体がシャキッと引き締まる感覚がある。ヒールの高さもいろいろ試して、一番指揮をしやすいのが7センチなんですよ」

女性だから、という目で見られがちな高めのヒールは、はつらつとした指揮姿を支える「仕事道具」だった。

コンサート中、指揮者は常に客席に対して背を向けている。その背中のりんとした美しさを醸すのは、試行錯誤を繰り返し、一瞬一瞬を闘ってきた経験に裏付けられた「自信」なのだろう。

三ツ橋敬子
1980年生まれ。東京芸術大学大学院を修了。ウィーン国立音楽大とキジアーナ音楽院に留学。2010年、第9回アルトゥーロ・トスカニーニ国際指揮者コンクールで準優勝し、女性初の受賞となった。2016年から、神奈川県立音楽堂にて「三ツ橋敬子の新・夏休みオーケストラ!」がスタート。子供たちに多彩な音楽体験を届ける企画内容が好評を得ており、本年8月には横須賀芸術劇場にて第3回を迎えた。

(ライター 加藤藍子)

マネジメント層に必要な4つのスキルを鍛える講座/日経ビジネススクール

会社役員・経営幹部の方を対象とした、企業価値を高める経営の実務に役立つビジネス講座を厳選

>> 講座一覧はこちら

ブックコーナー ビジネス書などの書評はこちら
出世ナビ記事アーカイブ一覧
ブックコーナー ビジネス書などの書評はこちら
出世ナビ記事アーカイブ一覧