ヒッグス粒子崩壊を観測 質量の起源であることを確認

日経ナショナル ジオグラフィック社

2018/9/17

標準モデルでは、ヒッグス粒子がクォークと呼ばれる素粒子に崩壊する可能性も予言されている。クォークには、アップ、ダウン、トップ、ボトム、チャーム、ストレンジという6種類があり、原子をつくる陽子や中性子などを構成している。

ヒッグス粒子の崩壊は、いくつかの重要な法則にしたがって起こるとされている。例えば、ヒッグス粒子は電荷をもたないので、崩壊によってできる粒子の電荷の合計もゼロにならなければならない。ヒッグス粒子が崩壊して電荷をもつクォークになるときには、クォークと反クォーク(電荷が逆である以外はすべて同じ粒子)の対になって現れなければならない。そうすれば、クォーク対の電荷が打ち消しあってゼロになるからだ。

ヒッグス粒子の質量も、崩壊の起こり方を制限する。標準モデルによると、ヒッグス粒子が崩壊するときには、約58%の確率でボトムクォーク‐反ボトムクォークの対になるという。この予想は標準モデルの検証として重要なので、ヒッグス粒子からボトムクォークへの崩壊が見られなかったら標準モデルは困ったことになっていただろう。

「そうなったら、標準モデルを維持できません」とヘッカー氏は言う。

ATLASとCMSの実験グループは、実際のヒッグス粒子がボトムクォークへと崩壊する過程を独立に観察して、理論が現実と一致することを示したわけだ。

崩壊はどのようにして検出されたか?

ヘッカー氏によると、物理学者たちがヒッグス粒子の崩壊を検出することの難しさに気づいたのは、LHCの建造が計画された1980~90年代のことだったという。LHCは、光速に近い速度まで加速した陽子どうしを衝突させてバラバラにする。膨大な数の破片は、巨大な検出器の中で飛び散る。破片にはさまざまな種類の素粒子が含まれ、その多くはヒッグス粒子からボトムクォークへの崩壊とよく似ている。つまり、検出するには雑音が多いのだ。

物理学者たちは、崩壊によって生成した粒子の検出結果を利用して、衝突がどのように起きたかを精密に再現する。これは、大破した自動車とタイヤ痕から自動車事故の経緯を調査するようなものかもしれない。

ATLASとCMSチームは、長年にわたるデータ収集とシミュレーションと機械学習により、探していたヒッグス粒子の崩壊を除くすべての現象を説明することを可能にした。物理学者たちは、2017年までにヒッグス粒子の崩壊の証拠となる十分なデータを収集し、この6月には、自分たちのデータが見かけだけのものではないことを確信していた。

「これは非常に複雑なプロセスで、分析だけでも100人近い大きなチームで行っています」とヘッカー氏は言う。「データを取り、検出器を操作し、数値の検証をする人を合わせると、もっと大きいチームになります。論文の執筆者は全部で約3000人になります」

今回の発見は素粒子研究のマイルストーン

まずは、この研究によって、物質が質量を獲得するしくみについての私たちの理解が深まったことが挙げられる。これは、宇宙を理解する上で非常に重要だ。研究に参加した東京大学のチームのリリースには、今回の結果によって「物質を構成する粒子の質量の起源がヒッグス粒子であることが解明され、素粒子研究のマイルストーンと言える」と記されている。

また、ヒッグス粒子は標準モデルの中で重要な位置を占めているため、理論と観察とのわずかな不一致でさえ、新しい物理学へのドアを開く可能性がある。ヒッグス粒子からボトムクォークへの崩壊をLHCが検出できることがわかった今、物理学者たちは、この反応が法則を破っていないかどうかを検証できるようになった。

「年々データが増えているので、理論とのずれが見つかるのではないかと期待しています」とヘッカー氏は言う。「ずれは大きなものとは限りません。普通、物理学の効果は小さく、すべては精度にかかっています」

今後、宇宙に隠されているどんな法則が明らかになるのだろうか? ヒッグス粒子が秘密を明かしてくれないかぎり、科学者がそれを確実に知ることはできないとフッカー氏は言う。「私たちは粛々と測定を続けるだけです。そうすれば自然が答えを教えてくれるでしょう」

(文 Michael Greshko、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2018年9月4日付]

ナショジオメルマガ
ナショジオメルマガ