「教育とは変化を起こすこと」 高校での悲劇胸に挑むLITALICO執行役員 深沢厚太氏(上)

「かろうじて名前と顔が一致する程度の面識しかありませんでしたが、とてもショックで。事情を知る友人に理由を聞いたところ、彼はクラスでいじめに遭っていたのだということが分かりました。自分と同じように入学して学校生活を送ってきた彼が、どうしてその道を選ばなければならなかったのか。彼の気持ちをたどりたい一心で、不登校の生徒が出入りする校内の教室に顔を出すようになったんです」

仲間との出会い

高校時代、倫理の先生に大きな影響を受けた

その部屋は、いじめや精神面などさまざまな事情でクラスになじめない生徒たちのために設けられたものだった。サッカー部に所属し、同級生からはどちらかといえば活発な性格として知られていた深沢氏だったが、意外にもその部屋に“居場所”を見いだすことになる。

「初めこそ『なんだ、こいつ。不登校でもないのに』という目で見られたし、僕の方も偏見がなかったと言えばウソになる。でも、何度か出入りするうちに、1対1の人間として分かり合えるようになっていきました」

「社会や教室で与えられる一律の物差しになじめなくても、自分は自分らしくいていい。僕自身、懸命に周囲の空気を読んではいましたが、いわゆるスクールカーストといわれるような独特の学校の人間関係に、息苦しさを感じていた部分があったのだと思います」

そこで友情を築いた仲間たちは、高校卒業後も定期的に連絡を取り合う仲になった。共に輪に加わったある教師からも大きな影響を受けたという。

「クラスの担任ではなく、倫理の授業を受け持っていた先生でしたが、その教育姿勢を心から尊敬しました。僕は高校卒業後、大学進学といういわゆる普通の進路を選びましたが、フリーターをやっている仲間もいたんです。けれど先生は、一人ひとりの進んでいる道を否定したり、裁いたりすることを絶対にしませんでした。その代わり、口癖のように『どうしてそう考えるのか』と問いかけてくれた。そして僕たちが答えると『そうか、そうか』とただ受け止めてくれたのを覚えています」

自分は、他人と違っていい。そう認めてもらえる場所だった。それと同時に、自ら命を絶ってしまった彼も「ここに来ていたら、助かったのではないか」と感じた。自分が触媒になって、そんな場を増やしていく道もあるのかもしれない――。ぼんやりと、教師という道を思い描くようになったのはその頃のことだ。

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