日経ナショナル ジオグラフィック社

「LIF遺伝子と聞いて少しばかり驚きました」とボディ氏は言う。生殖能力とガン予防はまったく別のことのように思える。しかし、リンチ氏はLIF6には別の機能、つまり傷ついた細胞を殺す役割があるのではないかと考えた。

小さなウサギから巨大なクジラまで、ほとんどの哺乳類にはLIF遺伝子が1組しかない。しかし、ゾウやその親戚、マナティー、ハイラックスなどには、たくさんのLIF遺伝子がある。リンチ氏によれば、ゾウには「数え方によって」7~11組のLIFがあるという。

なかでも、傷ついた細胞を殺す役割と関連があるのはLIF6だけのようだ。そして、これまでのところ、LIF6はゾウからしか見つかっていない。

今回の研究によれば、LIF6がゾウの遺伝子に登場したのは、約5900万年前だという。最初、これは役立たずの壊れた遺伝子でしかなかったようだ。しかし、ゾウの先祖が進化するにつれて、この遺伝子も進化し、やがてゾンビのように蘇った。ゾウがガンに悩まされない大きな体を手にすることができたのも、この復活のおかげかもしれない。

P53が遺伝子の診断を行う医者だとすれば、LIF6は傷ついた細胞を抹殺するいわば殺し屋だ。

リンチ氏のグループは、研究室でアフリカゾウの細胞のDNAを破損して、LIF6遺伝子の機能を調査した。その結果、破損を見つけたP53がLIF6遺伝子を作動させ、LIF6が破損した細胞を殺したと考えられる現象が観察された。しかし、LIF6の動作を抑制したところ、高い可能性で破損した細胞が処分されるというゾウ特有の現象は見られなくなったという。

ガンの克服に向けて

リンチ氏は、ガンを防いでいるのはこのゾンビ遺伝子だけというわけではなく、「LIF6は、もっと大きな仕組みの中で小さな役割を果たしているにすぎません」と言う。シフマン氏も同意見で、「ほぼ確実に、他の発見ももたらされるでしょう」と述べる。同氏のグループも、すでに今年そのような発見を発表している。傷ついた細胞を殺すのではなく、壊れたDNAを修復するゾウの遺伝子についての発見だ。

ゾウのガン予防機能を研究する究極の目的は、人間のガン治療への応用だ。LIF6の進化について、シフマン氏は「5900万年の進化が必要でした」と話す。「私に言わせれば、これは5900万年間の研究開発です。5900万年をかけて、自然がガンを予防する最善の方法を見つけようとした成果のひとつです」

研究者たちは、その叡智に触れることで、ガンを克服する方法を見出そうとしている。

(文 MAYA WEI-HAAS、訳 鈴木和博、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2018年8月20日付]