快作ホンダN-VAN N-BOXの代わりにはなりません
ひさびさ、ホンダらしい逆転の発想であり、自慢のNシリーズの新章が誕生しました。それは新型ホンダ「N-VAN」! いわゆる背高ノッポの商用軽バンで4ナンバーの軽貨物車カテゴリー。
ひさびさホンダらしい快作
従来の商用軽バンはほとんどがキャブオーバーかセミキャブオーバー、つまりエンジンの上に人が乗るFRもしくはミッドシップレイアウトでした。場所を食うエンジンを運転席床下かその後ろに置くことでスペース効率を上げ、荷室を広くする構造。
ただしそのぶん露骨な欠点もあってエンジンの上に座席があるぶん振動、ノイズ的に厳しく、ハンドリングも不安定になりがち。しかし、商用バンの本義はあくまでも「スペース」なのでクラス一番人気のスズキ「エブリイ」やダイハツ「ハイゼット カーゴ」、それこそN-VANの兄貴分たるホンダ「アクティ・バン」「バモス」もすべてセミキャブオーバー車でした。
しかし新型N-VANはその名の通り、大人気の乗用N-BOX用のFFプラットフォームを進化させて使うNシリーズの新バージョン。フロントにエンジンを置くぶんノーズは長くなり、スペース効率は落ちますが、そのぶん乗り心地、静粛性は有利だし、環境&先進安全性能も最新かつ最高レベルを持ってこられる。そして同時にホンダの工夫でFFプラットフォームの欠点を補うという寸法。
それこそが前代未聞のリア席から助手席までそれぞれほぼワンタッチで畳める超低床フロアであり、助手席側ピラーレス構造ってわけ。独自のアイデアで、どこまで欠点を補い、利点を伸ばせるかってところが最大のミソなんです。
事実、開発の古館茂エンジニアは「正直アクティ・バンより前席後ろのスペースは300mm短い。でもそれがなんですか。そのぶん、フロアは140mm低く、助手席側まで長尺ものを低く積めるし、なにより最新のホンダセンシング搭載ですから」と自信たっぷり。
今回、19年間フルモデルチェンジしてないアクティ・バンを、セミキャブオーバーのまま一新させる案もあったようですが、コスト的にもホンダ的にも、せっかくなら環境&安全性能で優れたNシリーズのプラットフォームで、画期的な商用バンを作りたい、チャレンジしたいという方針に決まったとか。
はたしてこの勇気あるクルマ作り。出来はどうなのか、いつものように小沢コージチェーック!
いかにエブリイ、アクティ・バンを食えるか
とはいえ新型N-VAN。念のため指摘しておきたいのは、決して乗用N-BOXの代わりではないということです。ネーミングやたたずまいから、一瞬N-BOXの延長版、スパルタン版かと誤解しがちですが、クルマの構造であり、目的は全くもって180度ぐらい違います。
一目瞭然なのは助手席&リア席。特にリアは圧倒的に狭いうえに、作りが薄くてクッションはペッチャンコ。軽4ナンバーは貨物車なため、リア席を荷室より広くしてはいけないという決まりもあり、絶対的に狭いうえ、座り心地は長時間乗ると痔(じ)になりそうだし、スライド&リクライニングもゼロ。シートのバックレストはヘッドレストを付けても小沢の頭まで届きません。ハッキリ言ってエマージェンシー用です。
助手席もリア席よりはだいぶマシですが、明らかに床下に折り畳むことを想定され、小ぶりでこちらもシートスライドはゼロ。
ズバリ、マトモに長距離座れるのは運転席のみで、実際コチラはN-BOXのシートフレームを採用。それにしても耐久性重視で表皮の柔らかさ、快適さはN-BOXに負けてます。
細かいところですが、話題のピラーレス構造のため、助手席側スライドドアはピラー代わりの骨格がドア側に入っていて開閉重し。これまたN-BOX並みの使い勝手を求めていたらちと驚くでしょう。
スタイル…欠点を除けば今までの軽商用とは違う世界が
とはいえこれらを除いたら、確かにいままでの軽商用バンにはない世界が広がります。
順番に言うとまずたたずまいがいい。確かに商用らしく、今後全体の7割を占めるといわれるガチ実用の「G」「L」グレードは、ヘッドライト類にLEDは一切使われておらず、リアコンビの一部に使われているのみ。グリル&バンパーにせよ装飾は極力省かれ、そっけないことこのうえなし。タイヤホイールももちろんスチールホイール+樹脂カバー。
とはいえ全体フォルムは、今や国民車レベルで売れているN-BOXのまごうことなき兄弟車で、サイドに流れるそっけない3本線のリブもソリッドでカッコいい。
加えて一般ユーザーに対処した「+STYLE FUN」や「+STYLE COOL」はほどよくグリルにメッキが入ってたり、LEDヘッドライトも選べたりと結構オシャレ。「+STYLE COOL」に限っては全高を1.8m台に抑えてあって確かに商用車っぽさが省かれてます。
確かにモノの積みやすさ、広さはすごい
そして肝心のモノの積みやすさがすごい。前述の通り、助手席&リア席はヘッドレストを外せばほぼワンタッチでフルフラット化。前後スライド調整の必要もなく、一瞬で折りたためるうえ、床が低く、ゴム系の素材で覆われているため、心置きなく物を載せられる。
加えて助手席を倒すと全長2.6mチョイの長尺ものが置け、これはキャブオーバーにない収納性。もっとも2.7mを超えるサーフィン用のロングボードは難しいようですが。
そのほかクラストップの1945mmのハイルーフボディーの全高は圧巻で、全8カ所に用意されたタイダウンフックや28カ所用意されたユーティリティーナットを使えば、使い勝手はものすごそう。オフロードバイクなどは楽勝で入っちゃうようです。床も低くて使いやすそうだし。
従来の軽バンとは安定感が違う走り
一方、気になる走りですが、確かにアクティ・バンのようなバタバタ感やステアリングのふらつき、後ろから響いてくるエンジン音はありません。ただしこれまたN-BOX同等と思ったら大間違い。やはり商用だけのことはあります。
一番の違いは貨物用タイヤと足回りの硬さとボディーの補強具合。商用バンだけに最大で貨物350kg+大人2人の積載が予想され、ざっくり+500kgを想定。よってボディーは今回の助手席ピラーレス構造もあって、左右フレームやリアフロアが強化され、車重は最も軽いもので930kg。
足回りも大幅強化され、タイヤも軽トラと同じ車重1.5トン台を想定した軽貨物専用タイプ。おかげで走り出すなりロードノイズはシャーとそれなりで、特に石畳の路面では軽乗用車より明らかにうるさいです。
一般道でも乗り心地は明らかに硬めで継ぎ目でドタンバタンとフロアに響きます。エンジン音もN-BOXよりはうるさめでやはりレベルが違います。
とはいえさすがは安定感と乗り心地に優れたFFプラットフォーム。ステアリングを切った方向にビシッとクルマが向かうし、セミキャブオーバーの軽バンとは安定感が違います。今回は試せませんでしたが、高速の横風なんかにも強そうです。
エンジンはラジエーターサイズや排ガス浄化の触媒性能を高めた53psの660ccノンターボと64psの660ccターボ。どちらもN-BOX用がベースで、ギアボックスも商用車向けに強化したCVT。もちろん空荷では十分に走り、特にターボは速すぎるレベル。他社にはないサクサク操作感の6速MTも選べて、確かにホンダらしく楽しい。
とはいえ軽商用バンの本義は、荷物フル積載でどれだけ走れるか。パワー自慢のホンダの軽だけに悪くはないはずですが、本当のところは実際にプロ目線で使ってみないと分からないでしょう。
ホンダセンシングは全タイプに標準装備
さらなる自慢は今や商用にも欲しくなってきた先進安全運転支援システムのホンダセンシング。乗用域の時速約5km以上で速度差が時速約5km以上あるときに利く衝突軽減ブレーキ(CMBS)はもちろん、歩行者事故低減ステアリング、路外逸脱抑制機能、先行車発進お知らせ機能など全10機能が付いているのは確かに安心。
というわけで荷室の絶対的長さを捨て、自慢の乗用FFプラットフォームのメリットを生かして作り込んだ軽商用バンの意欲作、N-VAN。
すでに乗用スーパハイトワゴンをベースにした商用車は「ウェイク」をベースに、ダイハツが作り込んだ「ハイゼットキャディー」がありますが、あちらは2シーターに割り切り、最大積載量も200kg。より思い切って全面的にFF化してきたのはN-VANです。
他にない個性を追求するホンダらしさであり、意欲を久々に感じましたが、かといって簡単に王者エブリイ、ハイゼット カーゴの客が奪えるかというと未知数。
なぜなら商用車には買ってすぐ分かるスペース性能、使い勝手、走り以上に「耐久性」という地味で長く乗ってみないと分からない壁がそびえているからです。
これらは実際、ほとんどをプロの大工や作業員さんが使います。特に大型トラックやトヨタ「ハイエース」などが入れない狭い工事現場などでは、この手が重用。最低でも重い荷物を積んで10万km以上壊れずに走れなければいけなかったりします。
確かに軽商用バンにはない走りやカッコ良さを備えたうえ、長尺ものを載せやすくしたピラーレス構造や全面フルフラット構造もユニーク。
しかし、イメージほどにはN-BOXの代わりにはなりませんし、本当の決着が分かるのはまさにこれからなのかもしれません。
自動車からスクーターから時計まで斬るバラエティー自動車ジャーナリスト。連載は日経トレンディネット「ビューティフルカー」のほか、『ベストカー』『時計Begin』『MonoMax』『夕刊フジ』『週刊プレイボーイ』、不定期で『carview!』『VividCar』などに寄稿。著書に『クルマ界のすごい12人』(新潮新書)『車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本』(宝島社)など。愛車はロールスロイス・コーニッシュクーペ、シティ・カブリオレなど。
[日経トレンディネット 2018年8月1日付の記事を再構成]
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