日経Gooday

あと、10代のときに読んだ『サザエさん』の4コマ漫画に共感したこともあって…。ある日、マスオさんが雨が降っている空を見て「ああ、嫌だな、寒いな、ジメジメするなあ」などと言うんです。すると、サザエさんがすかさず、「雨が降ったおかげで、新しく買った傘が使えてうれしいと思えば、楽しいでしょ?」と返します。「ああ、考え方一つで、毎日が楽しいものに変わるんだな。私もそんな考え方をしよう」と、このサザエさんのセリフが胸に刺さったことを今でも覚えています。

全日本チャンピオンになってから、その後のソウル五輪に向けても、つらいことやうまくいかないことはたくさんありました。でも、「きっとこれは何か意味がある!」「この後には、倍の喜びが待っている!」と常に前向きに考えたおかげで踏ん張ることができ、ソロとデュエットの銅メダル獲得につながったのだと思います。

自分の存在価値を見つける方法

「あなたはもういらない」。バルセロナ五輪のときは、そう言われたように感じたことも

ただ、その後も決して順風満帆な競技人生とはいえませんでした。選手人生最後の五輪となったバルセロナでは代表に選ばれたものの、結局出番がなく、五輪の舞台に立つことができませんでした。選手としての最後のキャリアが、補欠。「日本のシンクロ界はあなたを必要としていません。あなたはもういらないんですよ」と言われたような気がしました。

人生のすべてをかけてきた競技なのに、そこにはもう自分の居場所がない…。五輪後、引退を表明した私は、心にぽっかりと穴が開いたかのようで、「これから何のために生きればいいのだろう」と、生きる希望を見失いました。このときに味わった挫折はとてもつらかったですし、さすがの私でもなかなか気持ちを切り替えることはできませんでした。

そんなとき、私はふとバハマに行ってみようと思いました。実は、「ソウル五輪の私の演技を見てピンときた」という見知らぬ人からずっと誘われていたんです。「バハマのイルカを見にこないか」って。最初は、何だか怪しいし、イルカにもまったく興味がなかったのでお断りしていました。しかし、あまりに熱心なので、気分転換も兼ねてバハマに飛んでみることにしました。

毎日、見渡す限りの大海原に身を委ねながら、ずーっとぷかぷかと浮きながら野生のイルカが現れるのを待ちました。10日ぐらいたってやっと、三角定規みたいなイルカのヒレが現れ、うれしくなった私はフィンを履いて海に飛び込みました。

最初、イルカはすぐにどこかに行ってしまい、長く一緒に泳げなかったのですが、私が「遊ぼう」と言うようにグルグル回っていたら、イルカが丸い目でじっとこっちを見て一緒にグルグル回りながら泳ぎ始めました。それがとてもかわいくて楽しくて…。人間ではなく、もちろん言葉も交わせないですが、「同じ生命体」というレベルでどこか気持ちが通じ合うような不思議な感覚に陥りました。

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シンクロを学ぶ生徒から教わったこと