A.T.カーニー日本法人会長の梅沢高明氏人生100年といわれる時代。働き続け、学び続ける意欲を維持するには、自らを律する=セルフマネジメントの意識が欠かせない。戦略コンサルティング大手、A・T・カーニー日本法人会長で、クールジャパン推進など本業以外の活動にも積極的な梅沢高明氏は、30年間続けている朝晩20分の瞑想(めいそう)がパフォーマンスの向上に役立ってきたと話す。瞑想の効果や、これからの時代に日本人が自律的に働くことの意義について聞いた。
■周りで起きていることがよく見えるように
「仕事の時間や睡眠を削ってでも、これだけは欠かさない」。梅沢氏にとって瞑想は、もはや生活の一部になっている。毎日、朝起きてすぐと夕方、食事を取る前に行う。椅子に座り、目を閉じて力を抜き、ゆっくりと息を吸って吐く。それを繰り返すことで体の疲れが取れ、心身をリラックスできる。逆にやらない日は疲れがたまっていると感じるという。「疲れに対する体のセンサーが敏感になっているのだろう」
始めたのは、新卒で入社した日産自動車時代。販売店に出向しているとき、取引先の人からセミナーに誘われたのがきっかけだ。瞑想に関する予備知識は何もなく、「好奇心が旺盛なので、とにかく面白そうだと思って行ってみた」。正確にはTranscendental Meditation(超越瞑想)といい、インドが発祥という。
当時は休みもあまり取れず、販売成績を上げなければいけないプレッシャーも強く感じていた。実際に瞑想をやってみると、体の疲れやストレスが軽くなるのを実感。さらに、商談の前に瞑想するようになってからは成約率も向上した。「自分の周りで起きていることが、よく見えるようになったからではないか」と自己分析する。
例えば、それ以前は「今日は契約を取りたい」と自分だけが前のめりになっていた。瞑想してから商談に臨むことで、相手の感情の動きに注意を払えるようになり、「相手が何を求めているのか、何に不満を持っているのか、冷静に判断しながら効果的に商談を進められるようになった」。
コンサルティング会社に移ってからも、ここ一番のプレゼンテーションや大事な会議の前など、活用する場面は多いという。頭の中を整理し、平常心を保てるため、本番であわてなくなる。瞑想を続けることで「職業人としてのパフォーマンスは間違いなく上がってきた」と語る。
■ビジネスリーダーの必修科目
セルフマネジメントはビジネスリーダーの必修科目だと説くとはいえ、梅沢氏は社員や顧客に「瞑想した方がよい」と勧めているわけではない。心身のバランスをとるため、自分をリセットする方法を持つ必要はあるが、人それぞれに合うやり方があると考えるからだ。体を動かすことでもいいし、風呂に入ることでもいい。「とにかく、自分なりのリセットの方法を持つ人のほうが、長い目で見た仕事のパフォーマンスは高くなるだろう。キャリアは持久走だから」と説く。
実際、心身のバランスを取ろうと様々な方法を実践する個人や企業は増えている。グーグルやアップルなど米国のIT(情報技術)企業が導入して注目された「マインドフルネス」の手法もその一つだ。仏教の瞑想を起源とし、「今、ここで起きていること」に意識を集中することで、平静な精神状態を保つ。生産性の向上やストレス解消に効果があるとされ、日本でもヤフーなどが社員研修に取り入れている。
また、日本の禅と西洋、とりわけ米西海岸エリアで発展したマインドフルネスとの接点を探ることで、より深く己を律するセルフマネジメントを理解しようという試みも盛んだ。そのひとつが、一般社団法人Zen2.0が昨年9月から禅とゆかりの深い神奈川県鎌倉市(建長寺など)で開いている国際的なイベント「Zen2.0」だ。宗教、スポーツ、アカデミア、ビジネスなど、様々なバックグラウンドを持つ国内外のスピーカーによる、レクチャーや体験型の多様なセッションに多くの参加者が集い、活況を呈している。
梅沢氏は「セルフマネジメントによって心身の健康を保ち、自分の生産性や創造性をコントロールすることは、ビジネスリーダーの必修科目だ」と指摘する。なぜそう思うのか。
第1に、冷静な状況認識と判断力を維持することの重要性だ。ビジネスリーダーは常にストレスにさらされる。ストレスレベルが高まり疲労が蓄積すると、感情的になったり、判断を誤ったりするリスクも高まる。だからこそ、ストレスを自分でコントロールするスキルが不可欠になるわけだ。
第2に、これからの時代、心身の健康が今まで以上に重要な資産となる。人生100年時代は、個人のキャリアの劇的な長期化を意味するからだ。
「職業人生が従来の40年から60年、70年に延びると、人生三毛作や四毛作が当たり前となる。専門性はキャリアの途中で習得し直すことになるが、基盤的な能力は持ち運びが可能。そして最も基盤的なものが健康だ」
■副業で自分と組織の関係を客観視
副業によって自分と組織の関係を客観視する第3に、創造性の解放も重要なメリットだ。イノベーション競争の時代は、個人のクリエーティビティーが企業の競争力を左右する時代だ。「会社の常識にとらわれずに面白いこと、変なことを思い付き、声を上げられる人材が必要」。組織から自立した人材こそが、企業のイノベーションや変革をリードできる。「そんな時代だからこそ、セルフマネジメントがいよいよ重要だ」という。
心身の健康を保ち、組織からの自立を実現するために、梅沢氏がビジネスパーソンに勧めるのが副業だ。自身も他社の社外取締役を務めたり、クールジャパン戦略で政府を支援したり、業界横断の専門家チーム“NEXTOKYO Project”で東京の街づくりに関わるなど「副業だらけの生活」を送っている。今後のキャリア形成の選択肢を増やすとともに、「いろんな立場に身を置くことで、自分と会社の関係を客観視でき、心の余裕を持つことにつながる」。そうした個人が増えれば、社員のポテンシャルを生かせない企業は淘汰されていくだろうと予測する。
東大時代にロックバンドを組んでCDも出したという梅沢氏。好奇心のおもむくままに仕事と生活を楽しみ、これからの人生についても「生きている限り働きたいし、自分の能力を生かす活動をしたい。そのために必要な勉強も続けていく」と意欲は旺盛だ。これからの時代に求められる働き方を声高に唱えるのでなく、身をもって示そうとしているようだ。
梅沢高明
1986年東大法卒、日産自動車入社。95年米マサチューセッツ工科大(MIT)スローン経営大学院修士課程を修了。米A・T・カーニーのニューヨーク・オフィスに入社。99年同社東京オフィスに異動。2007年日本代表、14年日本法人会長。
(村上憲一)
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