女性が働きやすい会社へ 道は「出世」で開く
「自由に働くための出世のルール」 秋山ゆかりさん
東京医科大学が女子合格者の抑制を図っていたとされる入試不正が示すように、女性が不利益を押しつけられる社会の仕組みは消え去っていない。米ゼネラル・エレクトリック(GE)系のGEインターナショナルや日本IBM、ボストン・コンサルティング・グループなどで働いた経験を持つ経営コンサルタントの秋山ゆかりさんは、こうしたダブルスタンダード(二重基準)を「ひどいと思う」と難じつつも、「一人でも多くの女性が経営層に上がって、働きやすい環境に変えていくのが現実的な取り組み」と、女性の出世を応援する。
企業の役員のほとんどが男性であることが象徴するように、日本のビジネス社会では圧倒的な男性優位が続く。秋山さんは、著書「自由に働くための出世のルール」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)で、そんな状況の下で女性がステップアップしていくのに役立つ戦略を説いている。自身もGEインターナショナルの戦略・事業開発本部長、日本IBMの事業開発部長を歴任した。「自分が経験できたキャリアアップの道筋を下の世代に伝えたい」と考え、「出世のススメ」として本にまとめた。
ハラスメント、「反撃」は戦略的に
セクハラやパワハラの被害に遭った経験もある。容認する気はさらさらない。ただ、自分のキャリアをつぶされるリスクをはらむだけに、真正面から反撃するのが常に得策かどうかには、疑問も感じているという。上司や勤め先に立ち向かうにあたっては「(対抗策の)用法用量を十分に検討して、戦略的に立ち回るほうが賢いかもしれない」とみる。泣き寝入りするのではなく、したたかな「ディール(取引)」も視野に入れつつ、逆手に取るような向き合い方だ。
秋山さんが「発動されてしまうと、女性の側が損をしかねない」と心配するのは、米国のマイク・ペンス副大統領に由来する「ペンスルール」だ。「妻以外の女性とは2人きりにならない」という、同副大統領が守っているルールのことで、自らがセクハラやパワハラの加害者になってしまうのを防ぐ意味合いもあるのだという。男性側がリスクを避けるうえでは効果的かもしれないが、このルールを厳密に適用されてしまうと、女性側が必要以上に距離を置かれる事態につながりかねない。
ペンスルールのせいで、女性側にもたらされる情報やノウハウが減るおそれもある。結果的に企業や組織の意思決定から女性が遠ざけられ、「かえって女性が損をする」(秋山さん)という心配がつきまとう。「彼女とは一緒に仕事がやりにくい」といった風潮が広がれば「干される」という、さらなる不利益も起こりかねない。でも、「出世して権限を得られれば、女性に不都合な仕組みも変えやすくなる」(秋山さん)。
勤め先でひどい目に遭ったこともある秋山さんがへこたれずに経営層まで上がっていけたのは、「助けてくださった方々のおかげ」だという。当時の役員や上司、先輩などが救いや励ましをもたらしてくれた。職場の相談相手、支援者として「メンター」を置く会社も多いが、秋山さんはそれに加えて「スポンサーを見つけてほしい」と説く。実際に自分を上のポジションへ引き上げてくれたり、昇進を後押ししてくれたりする人物のことだ。
「スポンサー」探し、積極的に
日ごろの業務をこなすなかで、格好のスポンサーと出会うチャンスは少なそうだが、秋山さんは「自分から動いて、出会う機会をつくるほうがよい」と、積極的な取り組みを促す。秋山さんはボランティアに参加したり、顧問クラスの元役員に会ったりしたそうだ。副社長級だった人物との出会いでは、顧問室のような部屋で時間を持て余し気味の彼らに話しかけ、きっかけを作ったという。パソコン操作の手伝いといった、こまごましたお世話も買って出て、接点を増やしていった。
すぐに成果が出なかったり、評価が得られなかったりすると、落ち込んでしまいがちだが、秋山さんは「10~15年先を見据え、上司の言葉や態度に一喜一憂しないように」と助言する。高校野球で無理に連投して選手生命を縮めてしまうか、甲子園に出られなくても後々、大成するかといった「短期と長期の損得比較」を意識して、短期的に無理しすぎない働き方を勧める。「最短コースを駆け上がる」といった出世パターンを思い描くよりも、転職や復職も織り込んで、キャリアを立体的にイメージするほうが今の上司や勤め先との間で神経をすり減らすのを避けやすいとも提案する。
長い目で見てキャリアアップしていくうえでは、「組織を俯瞰(ふかん)する」ようなとらえ方が必要だという。直属の上司や所属部署だけの視点で物事をとらえていると、「日本大学アメフト部のような、視野の狭い思い込みに陥りやすくなる」。ビジネスにも薄いグレーから濃いグレーまで、いろいろなゾーンがあるが、濃すぎる領域に足を踏み込まないためにも、ルールを踏まえたうえで、引いた位置から会社や自分を眺める第三者的な視座が求められるというのが、秋山さんの考えだ。
この俯瞰的なまなざしは、転職や独立の判断にも役立つ。「自分の勤めている企業が『もう、これ以上は伸びないな』と感じられたら、次の居場所を探し始めてもいい」(秋山さん)。伸びしろが大きい企業や業種を探し出すうえでも、フラットな展望は有益だろう。社内でのキャリアアップを目指す場合にも、所属部署や担当業務の成長可能性を冷静に評価する意味は小さくないはずだ。
ポスト確保、子育てからの復帰にも大切
内閣府が2017年に全上場企業を対象に実施した調査で、「役員」に占める女性の割合は3.7%にとどまった。日本企業で女性経営層の厚みがまだ乏しい一因を、秋山さんは「経営層に上がらないほうが出産や子育ての面で働きやすいのではないかという『誤解』がある」とみる。上の世代がキャリアと家庭の両立に苦しんだ姿を見て、「あんなふうにはなりたくないといった、ハードワークを避ける意識がうかがえる」ともいう。
しかし、自らも子育て中で「平日の育児は私のワンオペ(ワンオペレーション、一人仕事)」と明かす秋山さんに言わせれば、勤め先でしっかりしたポジションを確保していかないと、育児休暇を終えて復帰し、再び安定的に働くのが難しくなってしまう。一般職の場合、出産・育児で職場を離れている間に別の人が起用され、本人が戻る場が失われることもあり得る。「一般職だから家庭と両立させやすいという考えは必ずしも正しくない」と、秋山さんは懸念を隠さない。
自分の強みとなり、評価につながる「コアスキル」を持っていないと、将来AI(人工知能)やロボット、アウトソーシングに仕事を奪われるリスクも高まりそうだ。「いわゆるエクセル作業のような事務職は減らされていく。一般職では、プログラムや機械で置き換えのきかないコアスキル、人脈を持つのは難しい。長く仕事を続けていくためにも、上を目指すほうがよい」と、キャリアアップに向けて背中を押す。
働き始めてすぐに認めてもらいたいと願う気持ちは誰にもあるが、早くにチャンスを得るのは容易ではない。重要なプロジェクトには呼ばれず、会議に参加する資格もないという扱いは、若い働き手の不満を募らせがちだ。実際にそういった経験を重ねてきた秋山さんは「雑用、下働きを惜しまないようにした」と振り返る。呼ばれていない会議にも「議事録を取ります」と名乗りを上げて潜り込んだ。資料のコピー配布、お茶の手配なども買って出た。こうした雑用を突破口に部署を越えて顔を売り、スキルを積み上げた。「だって、何にも(スキルが)ないんだから、雑用を嫌がる理由もない」と屈託なく話す。
下働きいとわず 顔を売って味方増やす
丁寧な議事録は「次も彼女を議事録係で呼んで」という指名につながり、居場所を広げてくれたという。会議内容を熟知していれば、参考意見を求められる機会も自然と増える。そういった地道な積み重ねが、支援してくれる人も呼び込んだ。転職する際には、ほとんど面識のなかった大先輩からいきなり電話があり、食事に誘われた。やや強引な口調の叱咤(しった)激励を受けて、秋山さんは転職先を決めた。「今考えても、どうして彼が私の電話番号を知っていたのか、想像がつかない」と言いながらも、助言者への感謝を忘れない。
ひどい上司のパワハラに苦しめられたときも、別の先輩が救ってくれた。「上司との関係なんて、ずっとは続かないものだ。人事にはローテーションがある。ローテを待てばいい。待てないなら、自分がローテで出ればいい」と諭された。「人はそう簡単には変われない。だから、自分が建設的に考えを改めるほうが現実的」と、パワハラからしなやかに身をかわす術を語る。「今はあまり風向き、巡り合わせのよくない時期なのかも」と、長い目でとらえるような、思い詰めない考え方も、深刻になりすぎないためには効果的だという。
働く女性を取り巻く環境は変わりつつあるが、秋山さんは「まだ過渡期だからこそ、もっと女性経営層の厚みがほしい」という。政府が主導する「上からの働き方改革」ではなく、女性リーダーが自ら働きやすい職場や社風に変えていく「自らの働き方改革」に秋山さんはエールを送っている。
経営コンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループの戦略コンサルタント、GEインターナショナルの戦略・事業開発本部長、日本IBMの事業開発部長を歴任。2012年にLeonessaを設立。代表取締役として戦略・事業開発コンサルティングを手掛ける。著書に『自由に働くための仕事のルール』『考えながら走る』など。
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