2018/8/29

出世メシ

出発しようと、ユースホステル前で荷物と一緒にたたずむ玉村氏 写真提供:玉村豊男

フランスには2年ほどいて、帰国したのがちょうど大阪万博の年。それで、就職せずに通訳やガイドの仕事をするようになり、それから翻訳や文筆業に携わるようになった。あの頃は料理オタクで、独身でしたけど、毎日料理を作るだけでなく、盛り付けにも凝ってテーブルセッティングまでしていました。結婚後も変わらずキッチンに立ち、今も夕食は僕が作っています。

――各国を旅する中で特に印象的だった食体験を教えて下さい。

北アフリカでの体験ですね。

貧乏ですから移動はヒッチハイクだったのですが、チュニジアでは1日7、8台の車しか通らなかった。それも、屋根にまで羊を載せていたりして僕が乗る余裕がないんです。困っていたら青年が通って、「うちの村に泊まらないか」と言ってくれました。

チュニジアは元フランス保護領でフランス語が通じるので、村に行くと、50、60人集まってきて、何か話をしろと言う。芸人じゃないですけど、話をするかわりにご飯をごちそうになるような具合で、何日か滞在しました。

村では夕方になると、カーンカーンという音が響き渡った。電気がない中、ロウソクか何かを灯しながら、金属のお盆の上でムギをつぶしてクスクス(粒状のパスタの一種)を作るんです。普段はこのクスクスに辛いソースで煮た野菜をかけて食べるんですが、「客人が来た」ということで僕が食べた料理には羊の肉も入っていた。客だから最初にどうぞ召し上がれと促されるんだけど、お腹を空かした子供たちが見ている中で、食べにくかったのを覚えています。

貧乏学生の旅ではお腹を空かしていると、地元の人がよく「おい、こっちに来い」と誘ってくれました。ギリシャの片田舎では、テーブルの真ん中に小さなつぼがあって、みんなで中に入っているものをパンに付けて食べていた。何かと思ったらアンチョビのオイル漬け。お金がないから、僕はいつもパンを1個買って持ち歩いていたので、それにそのアンチョビを付けさせてもらったら、ものすごく塩辛い。乾燥したパンだったんで、塩辛いオイルを思い切り吸ってしまったんです。