温暖化被害の軽減策義務付け 自治体による実行性カギ

今年は全国的に気温の高い日が続いているようです。年々暑さが増すように感じますが、国会で6月、ひとつの法律が成立しました。「気候変動適応法」といい、温暖化などの影響の軽減を目的としています。
法律の成立は、2015年に採択された地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」などがきっかけで、温暖化そのものは避けられないものとして扱っているのが特徴です。従来の対策は二酸化炭素(CO2)といった温暖化ガスの排出抑制などが中心でした。しかし温暖化ガスの排出抑制が進んでも、世界の平均気温の上昇は続くという科学的な知見があります。
こうした事実を踏まえ、健康や自然などへの被害の軽減を目指した法律がつくられ、年内に施行される見通しです。対策を立てる主体は都道府県や市町村です。罰則は設けられていませんが、地域に応じた被害の軽減策の策定を義務付けました。
温暖化による代表的な被害には熱中症があります。総務省消防庁の速報では、7月9日~15日に全国で9956人が熱中症で搬送されました。気温が健康に与える影響に詳しい横浜国立大学の鳴海大典准教授は「気温の上昇は熱中症だけでなく、睡眠の質の低下や疲労感の増大も招く」と話しています。
自治体は今までどんな取り組みをしているでしょうか。埼玉県は、全国でも有数の猛暑で知られる熊谷市で、スーパーコンピューターを使い熱中症にかかるリスクを下げる実験をしました。公園で木を植える位置を変えることにより、日光の差し具合や風の通り方がどう変わるかをスパコンで予測したのです。
結果は木を直線的に並べるより、まちまちに植えたほうが木陰を増やせる効果が得られました。埼玉県はこうした対策により、熱中症のリスクの高い地点を20%減らせるとし、公園の整備を進めています。
愛知県は、太平洋に面した日光川の水門(飛島村)を、温暖化により海面が上昇しても対応できるよう設計・建設しました。県の担当者は「高潮の被害を防ぐため」としています。法律を立案した環境省によると、ほかの自治体でも熱中症対策などを中心に、法律に合わせた対策を進めているようです。
埼玉県の事業は約4億7千万円、愛知県は約200億円かかりました。気候変動適応法は、国が情報提供により自治体の計画策定を支援しますが、財源の手当ては直接していません。国連大学の沖大幹上級副学長は「気候変動の影響を自治体が独自に把握するのは容易でない。国は、計画の実効性を高めるため、より安価な手法などの情報提供をする必要がある」と話しています。
住明正・東京大学名誉教授「雨量増加への備え、優先を」
気候変動適応法の課題などについて、気象学が専門の東京大の住明正名誉教授に聞きました。
――気候変動適応法についてどう考えますか。

「二酸化炭素(CO2)を削減するなど温暖化を緩和するための法律はあったが、温暖化による被害を軽減するための法律がなかった。温暖化に適応するための政策に法的根拠を与えたことの意義は大きい」
「具体的な適応策を実施するのは都道府県や市町村などの自治体となっている。地域によって事情は様々なので、全国一律に基準を決めて国がやるより、地域に応じてきめ細やかな対応を取ったほうがいい。自治体を主体とすることは間違っていない」
――課題はありますか。
「やるべきだという建前論になっており、財源の裏打ちがない。国は適応策を支援するためのガイドラインを作ることになっているが、自治体はカネがなければどうしようもないと言うだろう」
「国が(排出するCO2の量に応じて企業などに課税する)炭素税のような税を新設してお金を捻出するべきだという意見もあるが、国がやるべきことで企業に負担をかけるのは筋違いだといった反対意見もある。適応策でやるべきことは、各省庁の従来の予算項目の中に入っているものが多い。例えば国土交通省には河川の整備に、農林水産省には農業の改良に多くの予算がついている。法を根拠として、従来の予算項目の増額要求をしていくというのがひとつのやり方だ」
「財源ができたとしても、バラマキになってしまう懸念もある。どの分野への対策を優先すべきなのかを決めなければならない」
――どの分野を優先すべきでしょうか。
「自然災害だ。今後ものすごく降雨量が増えるのは確かなことだ。降雨量が増えれば排水が間に合わなくなって、都市部でも冠水が起きるだろう。多くの人が緊急だと思える課題だ。一方で、例えば(蚊が媒介する)デング熱の健康被害の要因は複雑で分かりにくい。温暖化の要因があるが、蚊や人の移動も関係してくる。単純に温暖化だけが引き起こすわけではない」
「適応策を策定する上で念頭に置くのは人の生活だ。生活は多様で、対策をしてほしい分野もそれぞれ異なる。ただ、自然災害の大変さについては、意見は大きく割れないだろう」
(久保田昌幸)
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