お芝居は嘘ならば、すてきに嘘をつこう(井上芳雄)
第25回
井上芳雄です。7月27日から、堂本光一君と共演する新作ミュージカル『ナイツ・テイル-騎士物語-』が開幕します。その脚本・演出を手がけるのがジョン・ケアードです。ジョンが演出する舞台に出るのは『キャンディード』『ダディ・ロング・レッグズ~足ながおじさんより~』に次いで3回目。今度は舞台にどんな魔法をかけてくれるのか、楽しみです。
ジョンは、英国のロイヤル・シェイクスピア・カンパニーで20余りのシェイクスピア劇や古典、新作劇を手がけ、世界的なミュージカル『レ・ミゼラブル』の演出で知られています。『ナイツ・テイル』の脚本は、シェイクスピアが最後に書いた『二人の貴公子』(共作:ジョン・フレッチャー)がベース。堂本君と僕が演じる、いとこで親友である2人の騎士が、同じ女性を愛したことで様々な出来事が起こるという話です。ジョンの説明を聞いていると、シェイクスピアと友達だったのかと思うくらい、自分が見たり、聞いたりしたことのように話してくれて、とても説得力があります。
シェイクスピアの作品自体、それ以前にチョーサーやボッカチオが書いた作品を基にしています。それぞれを読んだジョンは「どれも結末がきちんと終わっていない印象を受けた」と言います。それで何回も読み返したところ、「実は3つのラブストーリーが含まれていて、そこを広げることで現代に通用する物語になるのではないか」と考えたそうです。
僕は脚本を読んで、面白くて、今の時代にぴったりな話だと思いました。ネタバレになるので詳しいことは言えませんが、帝国劇場でやるミュージカルのストーリーとしては、ある種の革命だと感じました。すてきな話で、見る人の心に残るのではないでしょうか。さすが、ジョンだと思いました。なぜかはわかりませんが、ジョンの作品では僕はいつも「結局、男はおろかだ」という役なのですけれど(笑)。
世界初演のオリジナルミュージカルとあって、稽古場でのジョンは「新しいミュージカルをつくるのは大変だ」と言いながらも、すごく楽しそうに動きをつけています。登場人物を紹介する歌の場面にしても、周りの人が歌って踊りながら、ある人にわーっと寄っていくと、その人物が浮かび上がり、次にまた違う人に寄っていくと、今度はその人物が浮かび上がるといったステージングは見事なものです。ミュージカル的処理のうまさも、さすがジョンだと思いました。
ジョンの作品に出るのは3回目です。いつも俳優は手のひらの上で踊らされている感じなのですが、今回はジョン自身ももがいているというか、探りながら作っている様子です。指示も細かくて、もっとこうなんだ、と言いますし、稽古も前に進んだと思ったら、次の日には元に戻ったり。歌詞もどんどん変わっていきます。
「初演のキャストは、すごく特別だよ」とジョンが言っているとおり、ゼロから何かを生み出すのは本当に大変。ものすごくエネルギーが必要です。でも、それをジョンと一緒にやれること自体が貴重でぜいたくなこと。素晴らしい体験をさせてもらっています。
■演劇の魔法を教えてくれた
ジョンは演劇の魔法を教えてくれた人。「お芝居というのは嘘なんだから、どうせ嘘をつくなら、すてきに嘘をつくべきだ」と言ってくれた言葉がすごく好きです。例えば山がある場面だと、映像ならロケができますが、舞台に本物の山を出すわけにはいかない。じゃあ、小さい山をミニチュアで作るのが表現のすべてかといえば、そうではなくて、舞台に箱を積み重ねていって、その上に乗ったときに、山に登ったんだ、と見た人に感じさせるのがお芝居の魔法です。ジョンの舞台に出て、それをすごく体感しました。
もともと僕はリアルなセットが大好きでした。『ミス・サイゴン』の実物大のヘリコプターや『キャッツ』のゴミ捨て場のように、お金をかけて飾って、それが大仕掛けで動いたりするのがミュージカルの醍醐味だと思っていたし、そういう中で演じるのも好きでした。でも、そうじゃないやり方もあって、観客の創造力を引き出すことで、すてきに嘘をつけるし、大きな感動を呼ぶこともできると、教えてくれたのがジョンです。
今回の『ナイツ・テイル』はスケールの大きな作品ですが、その中にもたくさんの魔法をジョンが散りばめてくれることを、僕は楽しみにしています。
1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年に、ミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、ミュージカル、ストレートプレイの舞台を中心に活躍。CD制作、コンサートなどの音楽活動にも取り組む一方、テレビ、映画など映像にも活動の幅を広げている。著書に『ミュージカル俳優という仕事』(日経BP社)。
「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第26回は7月21日(土)の予定です。
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