やりがい求め活気づく転職市場 背景に企業の短命化

転職市場が活気づいています。かつては一部の年齢層や職種に集中する傾向がありましたが、最近は若年層から中堅、シニア層、専門職から管理職、一般職まで市場が広がっています。
転職支援サービス最大手、リクルートキャリアは同社に登録している求人と求職をもとに転職求人倍率(求人数を登録者で割った値)を算出しています。5月の転職求人倍率は1.78倍。リーマン・ショック後の2009年5月は0.74倍、5年前の5月は1.36倍でした。今年5月の転職求人倍率を職種別にみると34職種のうち24職種で前月より求人数が増え、登録者数も34職種のうち31職種で増えました。
求人が特に多いのはインターネット専門職(5.33倍)、建設エンジニア(4.24倍)、システムエンジニア(3.16倍)といった専門職ですが、最近は人事、経理・財務、経営企画、営業などでも増えています。転職情報サイト、リクナビNEXT編集長の藤井薫氏は「転職に成功する年齢の上限は35歳という『35歳の壁』説が以前は流布していたが、人手不足と好況を背景に売り手市場が続き、職種や年齢層の壁がなくなってきた」とみています。
ネットの普及で産業構造が大きく変わり、「企業の短命化」が進んでいる点も、転職が活発になった原因の一つと藤井氏は解説します。「企業の統廃合が加速し、終身雇用が揺らぐなかで人間の長寿化が進み、一企業に定年まで勤める人生設計が難しくなっている」からです。
厚生労働省がまとめたリポートによると、2010年以降、中小企業から大企業への転職が大きく増えています。リーマン・ショック後、多くの大企業は人員削減に踏み切りましたが、最近は採用を増やす傾向が強まり、大企業への転職が活発になっています。
もっとも、中小から大企業に転職した人に動機を尋ねると、「仕事の内容に興味があった」、「労働条件がよい」といった回答が上位を占め、「会社の将来性が期待できる」と答える人はあまり多くありません。同省職業安定局の久保龍太郎氏は「大企業だからといって雇用が安定していると考える人は減っている」と分析しています。
ヘッドハンティングを手掛ける半蔵門パートナーズ(東京・千代田)は企業や医療機関などからの依頼に応じて、幹部候補の人材をスカウトしています。同社の武元康明社長は「大手企業の間には人材の流出を防ごうとする動きもある。日本の労働市場が欧米のように一気に流動化する可能性は低いが、転職市場は着実に拡大する」と予測しています。
武元康明・半蔵門パートナーズ社長「ミドル層へのニーズが高まっている」
転職市場が活況を呈しています。ヘッドハンティングを手掛ける半蔵門パートナーズ(東京・千代田)の武元康明社長に、転職市場の推移、求められる人材や日本の労働市場の特徴について聞きました。
――御社のビジネスの現状は。

「当社は、企業や医療機関などからスカウトの依頼を受け、条件を満たす人材にアプローチして移籍を促しています。求人する側と求職する側の双方から登録を受け付ける仲介業者とは異なり、求職側からの依頼は原則、受け付けていません。現在、依頼を受けた案件の中で、スカウトに成功する確率は約75%。10年前は約60%で、成約率が上昇しています」
「業種別にみると、私が独立してヘッドハンターとなった2003年には製造業と小売り・サービス業からの依頼が大半を占めていました。現在も製造業には根強い求人ニーズがありますが、小売業からの依頼は皆無に等しくなりました。小売業界では企業の統廃合が進み、グループ内の人材を活用できるようになったためでしょう。製造業では川上の素材メーカーからのニーズが根強いです。業態転換や新規事業の展開を計画している組み立てメーカーからの依頼もあります。最近は情報通信業やサービス業からの依頼が増えています」
――どんな人材が求められていますか。
「創業時は『失われた10年』と呼ばれた時期で、ITバブルも崩壊し、日本の産業界は業態転換に乗り出しました。その中で、40歳代後半から50歳以上のマネジメントクラスの人材を求める企業が多かったのです。12年ごろから、マネジメント層に対するニーズは落ち着き、ミドル層へのニーズが高まっています。年齢層は30~40歳代に下がってきています」
――転職を希望する人へのアドバイスは。近著「30代からの『異業種』転職 成功の極意」(河出書房新社)のポイントを教えてください。
「人生100年時代を迎え、現在の若手世代は就業年数が60年に延び、転職が身近になるでしょう。キャリアの一貫性をデザインできるかが、特に重要になります。まず自分をよく知ることです。そうすれば相手(転職先)を知る力となり、転職の成功につながります。本書では、専門知識やスキルといった定型化できる要素ではなく、定型化しにくい文化、意識構造、精神空間など暗黙的な要素を中心にキャリアの一貫性を目指す方法を紹介しています」
――求める人材をどのように探し当てるのですか。
「企業や医療機関といった組織・団体の人事異動の情報をチェックしたり、大手企業の人材とのネットワークを活用したりしながら、求める人材を探し当てます。当社の人脈ネットワークは、主要企業のほとんどを網羅しています」
――スカウトを実行するときの留意点は。
「日本の労働市場は企業間の労働移動が少ない『内部労働市場』、欧米は企業間の労働移動が活発な『外部労働市場』と指摘した学者がいますが、現在もこの傾向は変わっていないと思います。根底には日本と欧米の文化の違いがあります。日本で欧米型の強引なスカウトを実行しようとすると様々な問題が発生します。『適材適所』『偏在の解消』『隙間を埋める』という目的に沿って斜陽産業から成長産業への人材移動を促すのが、日本流ヘッドハンティングだと考え、実行しています」
――スカウトに成功する秘訣は。
「スカウト対象の人材が属する企業の文化にも注目しています。例えば、パナソニックとソニーとでは企業文化が大きく異なります。現在の所属先と移籍先の文化が近いほうが移籍後に仕事がしやすいので、企業文化を考慮して人材をスカウトしています。また、給料が上がるかどうかよりも、重要な仕事を任されるかどうかを重視する人が多く、移籍した後、本人が満足できる仕事を担わせてくれる移籍先を紹介するように心がけています」
(編集委員 前田裕之)
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