「体内に虫」妄想 患者は全米で9万人、難しい治療

日経ナショナル ジオグラフィック社

「多くの患者が妄想に対する治療を拒絶します」。メイヨー・クリニックの皮膚科医で、先述の寄生虫妄想に関する論文を執筆したマーク・デイヴィス氏は言う。「わたしの頭がおかしいと言うのですか、そんなはずありませんと彼らは言うのです」

2012年、デイヴィス氏らは、メイヨー・クリニックが7年間で扱った147件の寄生虫妄想の症例に関する報告を行った。妄想を克服できた患者はひとりも知らないと同氏は言う。患者たちの多くは、これまで知られていなかった珍しい感染症にかかっていると診断されることを期待してクリニックを訪れ、落胆して去っていき、二度と戻っては来ないのだという。

そのほか、インターネットが患者の増加に寄与している可能性もある。さまざまな寄生虫を扱うブログやウェブサイトがあり、その多くが陰謀説や生物学的にありえない解説を提供することで、症状に悩む人々に共同体意識を与える一方で、妄想を強化して偽の治療法を信じ込ませている。

昆虫学者の災難

リッジ氏もヒンクル氏も、自分のところにやってくる患者に対してはまず、本物の昆虫やダニを探すことから始めるという。何も見つからなかったという検査結果を患者に伝える際には、慎重を期する必要がある。精神科にかかってみては、と言うと、彼らは怒ってしまうからだ。

昆虫学者の元には、この写真のようなサンプルが送られてくる。送り主は、この中に寄生虫がいる証拠が含まれていると考えている(PHOTOGRAPH BY NANCY C. HINKLE)

リッジ氏は、患者の家族に話をすることでよい結果が得られたことがあると語る。「11人の家族と丸テーブルを囲んで話をしたこともあります」。家族のサポートにより、患者の男性は必要な治療を受けることを決めたそうだ。

ヒンクル氏もリッジ氏も親身な対応をしているが、説得できない人々を説得しようと試みる日々の綱渡りが、彼らの心に負担を強いているのも確かだ。

「ときにはうまく気分転換ができず、眠れないこともあります」とヒンクル氏は言う。

存在しない虫を何年も探し続けてきた今では、同氏はこう考えているという。「もう笑うしかありません。さもなければ正気を失ってしまいますから」

(文 Erika Engelhaupt、訳 北村京子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2018年6月27日付]

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