木桶の保存、無農薬酒米の普及にも意欲
新政は近い将来、伝統的な木桶による仕込みに全量を切り替える計画だ。現在、日本酒の仕込みは、ホーロータンクやステンレスタンクを使うのが一般的。木桶は日本酒に複雑な味わいを付加する効果があるが、衛生管理や温度調節が難しく、敬遠されがちだ。
酒造りで重要な「酒母」に関しては、市販の乳酸つまり、酸味料を入れて作る「速醸酒母」の使用を早々にやめ、現在は、「生酛(きもと)系酒母」など伝統的な酒母のみを使用している。伝統的酒母は味わいに厚みや奥行きをもたらすが、やはりコスト面がネックとなり使用する酒蔵は少数派だ。
さらに、無農薬栽培米による酒造りを目指し、農薬を使わない酒米の栽培にも乗り出した。「秋田県は全国有数の米どころなのに、無農薬酒米がないのはおかしい」と佐藤氏は語る。
木桶については、現在、国内で唯一、大型の木桶を生産している大阪府堺市の製桶所が20年に生産を中止することから、製桶技術を学ぶために社員を派遣するなど、日本の伝統技術の継承にも力を入れる。
こうした様々な挑戦から、佐藤氏は日本酒業界の革命児と称されることもあるが、自身は「時代の先端を行くというよりは、日本の誇りである素晴らしい酒造りの技術や文化、伝統を復活・継承して行きたいと考えている。その意味では僕の酒造りは、回帰と言うのがふさわしい」と反論。そのうえで、「日本酒造りのような伝統産業は、現状に甘えていてはつぶれていく。革命的なことが次々と起こらないと将来はない。伝統こそ変わらなくてはいけない」と語気を強める。
消費者の顔色はうかがわない
さらに佐藤氏は、「隣の酒蔵と同じ酒をつくるのは伝統でも何でもない。多様な個性の中からこそ革命が起き、伝統を継承することにつながる」と述べ、常識にとらわれない酒造りをする意義を強調する。
新政のもう一つのこだわりは、売らんがために消費者におもねらないこと。消費者ニーズをつかむためのマーケティングは一切やらないし、宣伝にもお金を掛けない。その理由について佐藤氏はこう説明する。
「画家の伊藤若冲の作品がフランスで人気を博しているのは、若冲がフランス人の好みを分析して描いたからでもなければ、フランス人がこういうものを描いてほしいとお願いしたからでもない。フランス人がそれまで出会ったことのない作風に出会い、感動したからだ。日本酒も同じ。消費者が飲みたいと思う酒を造っていては、消費者を感動させることはできない」。
人と違う生き方を潔しとする新政8代目、佐藤社長の挑戦は続く。
(ライター 猪瀬聖)