産後ママに自信 プロが撮る新生児フォト、静かな人気
生まれて2~3週間ごろまでの新生児をプロが撮影する「ニューボーン・フォト」。近年、日本でも静かに人気が高まっている。
出産から2週間前後は、産後うつの発症につながりやすい最も不安定な時期。しかし、重要なこの時期の産後ケアはまだ不十分で、多くの女性が初めての育児にぎりぎりの状況で取り組んでいるのが現実だ。ニューボーン・フォトは単なる新生児の撮影にとどまらず、産後ケアの空白という問題点も写し出している。
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米国やオーストラリアなどでは、生まれて間もない赤ちゃんの写真を記念に撮影してもらう人が多い。すやすや眠る新生児の姿は、誕生の日を待つ胎児の面影をまだ残していて、かわいいだけでなく神秘的だ。欧米には新生児の撮影専用の写真スタジオも多く、産院を退院したらスタジオに直行し、撮影を済ませてから自宅に戻る家族もいるという。
一方、日本では産後1カ月までは赤ちゃんを外に連れ出さず、ママも3週間から1カ月は寝たり起きたりで自宅で過ごす習慣がある。そのため、ほとんどの撮影は依頼者の自宅に出張して行う。料金も数万円から、仕上げる写真の枚数やアルバムの仕様によっては10万円を超えることも珍しくないようだ。
産後1カ月未満は「ケアの空白期間」
カメラマンの藤田努さんは、主に結婚式の写真撮影を手掛けている。被写体である新郎新婦と綿密にやり取りをし、式の準備段階から当人たちに密着、家族や周囲の人たちとの関係性までをストーリーとして写し取るのが藤田さんの手法だ。
結婚式を撮った国際結婚のカップルから、子どもが生まれたのでまた撮ってほしいと依頼されてニューボーン・フォトを撮り始めたのは6年ほど前。撮影に同行する妻の麻希さんは看護師の資格を持ち、妊産婦を対象に産前産後のセルフケアの講座も主宰している。産後2週間前後という時期は「産後うつになるかどうかの分かれ目の時期。"産後うつ予備軍"と呼べそうなママはとても多い」と麻希さんは指摘する。
妊娠中、通常の数百倍のレベルまで増加していた女性ホルモンは、出産後わずか数日で一気にゼロ近くまで激減する。このホルモンの変動によって産後の女性は気分が不安定になったり、記憶が抜け落ちたり、深刻な場合はうつ症状にもつながる。しかし産後のこの時期は、行政や周囲のサポートが届きにくい空白の期間でもある。
自治体によっては1カ月未満の母子を助産師が訪問するところもあるが、医療的に高リスクと認められる母子を優先するため、すべてにはなかなか行き渡らないのが現状だ。また、通常の1カ月健診の前に2週間健診を実施する産院もあるが、全体で見ればまだ少ない。
特に都市部では、親が高齢や地方在住で手伝いを頼めないなどで、出産後は夫婦2人で頑張るというケースが珍しくない。産後の母子の生活をサポートする産後ドゥーラと呼ばれる専門家もいるが、利用者はまだ少数だ。孤立した環境で初めての育児に直面する女性が不安や悩みを抱えたり、「思い通りのお産ができなかった」「つらかった」など出産時のわだかまりがトラウマになってしまうと、育児につまずくケースもある。
撮影と同時に産後ママのケアも
首都圏と関西圏でニューボーン・フォトの出張撮影を行うBABYBOOTHの代表でカメラマンの井上麻衣さんは、2011年に第一子を出産した。1カ月健診時に産院で「赤ちゃんの体重が増えていない」と言われ、ショックを受けて軽いノイローゼ気味になったという。「ただでさえ不安な新生児期に、専門家から直接アドバイスを受けられていればどんなによかっただろうとそのとき思った」(井上さん)
一方で、カメラマンとして活動していたのに、気が付けば新生児期のわが子の写真はほとんどなかった。出産後は撮影どころではなかったのだ。そこから、カメラマンと助産師がペアで訪問し、新生児の撮影と産後ママの支援をするサービスを発案、2015年にスタートした。
顧客の家に訪問すると、まず手を洗い、赤ちゃんの検温や問診をし、撮影セットの準備にかかる。撮影後は必要に応じて赤ちゃんやママ向けのマッサージなども行う。
撮影にも同行する助産師の小笠原千恵さんは「今の産後の女性は、不安や疲労を抱えながら皆、ものすごく我慢をしている」という。そして「不安や疑問があると皆ネットで調べまくるが、情報が多すぎる半面、自分の子に対する解答はどこにもない。口コミなどを調べれば調べるほど、自分と他人を比較して自信を失ったりする」。実際に撮影に訪問すると、助産師さんに話を聞いてもらえてよかった、と言われることが多いという。
撮影は、お産を振り返るバースレビューの機会にもなる。どんなお産だったかを語ってもらうと、泣きながら話すママも少なくないが「自分から話すことで妊娠・出産を前向きに捉え直すことができ、自信を取り戻せる」(小笠原さん)。
藤田さんの撮影でも、まずママをねぎらい、話を聞くことに徹する。撮影が進み、赤ちゃんとママが一緒のショットを撮るときに「妊娠の最初から出産までを思い起こして、自分自身をしっかりほめてあげて」と声を掛けると、多くのママが涙を流すという。
「肉体的・精神的に大変な時期を、写真のおかげで乗り越えることができた」「今でも写真を見るたび、頑張ろうと思える」。写真は自分自身への肯定感を思い出す媒介となっているようだ。
人気の裏には課題も
ニューボーン・フォトの人気とともに、撮影を手掛けるプロは増えている。しかし、産後間もない家庭を訪問しての撮影は、カメラマンと母子の双方にとってかなりハードルが高いものだ。
産後の不安定な時期のママが、撮影とはいえわが子を他人に安心して託すことができるか。カメラマンの側も、撮影時に赤ちゃんの体に負担がかかったり、万が一にも事故につながったりしないよう十分な知識と配慮が求められる。もちろん衛生面への対応も不可欠だ。
米国で写真を学び、カメラマンとして活動していた藤田さんは、ニューボーン・フォトを撮り始めてから勉強の必要性を感じ、あらためて米国を訪れ、ニューボーン・フォトの専門家の手法を学んだ。現在は国内のカメラマンを対象にワークショップを随時開いている。「最近の写真の中には、無理のあるポージングや、不安定な状態で赤ちゃんを撮ったものも見かける。これでは撮影中のママに不安を与えるだろうし、事故も起きかねない」と危惧している。
撮影する側に、新生児と産後ママの心身・健康に関する正しい理解がなければ、依頼者の信頼を得て安全に撮影することはできない。独自のスタイルに育ちつつある日本のニューボーン・フォトには課題が残る。
(NIKKEI STYLE編集部 秋山知子)
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