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世界遺産 どのように選ぶ? 貴重な文化・自然を保護

2018/6/10

今年は6月下旬に委員会を開き、日本が文化遺産として推薦している「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」などについて、世界遺産リストへ載せるべきかを話し合う。長崎市の「大浦天主堂」の内部=共同
イチ子お姉さん 世界遺産を知っているかな。毎年、選ばれ、日本では今年「潜伏(せんぷく)キリシタン関連遺産」(長崎、熊本両県(けん))が文化遺産に登録される見通しなの。
からすけ 富士山など世界に誇(ほこ)る自然や文化財が選ばれるんだよね。世界遺産と聞くと、一度は見に行ってみたくなるな。どういう基準(じゅん)で選んでいるの。

 イチ子 世界遺産は、世界中の人々の共有の財産として定められた自然や文化財のことよ。世界遺産条(じょう)約(キーワード)に基づいて決められ、国際(さい)的に守っていくのが目的なの。人類の長い歴史の中で生まれ、受け継(つ)がれてきた貴重な遺産を紛(ふん)争や開発、自然環境破壊などから大切に守り、次の世代へと残していこうというわけね。

<キーワード>
 世界遺産条(じょう)約 文化・自然遺産の保護・継承を唱える国際条約。エジプト・ナイル川でのダム建設を巡(めぐ)る開発と遺産保護問題が、誕生のきっかけとされる。1972年のユネスコ総会で採択された。日本は92年に125番目の締(てい)約国に。2017年時点で193の国と地域が加盟している。
 世界遺産の登録基準 世界遺産リスト記(き)載には、10項(こう)目ある登録基準のひとつ以上を満たすことが必要。日本の文化遺産の約7割は「建築や技術、記念碑(ひ)、都市計画、景観設計の発展において、ある期間または世界の文化圏(けん)内での重要な価値観の交流を示すもの」との基準が認(みと)められた。

 からすけ 世界遺産には種類があるんでしょ。

 イチ子 記念物や建造物群などの「文化遺産」、地形や景観(かん)、生態系などの「自然遺産」、文化遺産と自然遺産、両方の価値を兼(か)ね備えている「複(ふく)合遺産」の3つがあるわ。土地や建物のように動かすことができない不動産でなければならないの。

 からすけ 美術館にある有名な絵画は、価値があっても世界遺産にはなれないんだ。

 イチ子 不動産以外の優れた遺産は、世界遺産とは別に定められているよ。音楽や舞踊などの「無形文化遺産」と、書物や文書、絵画などの記録を保護する「世界の記憶(おく)」があるのよ。一方、「奈良の大仏」のような巨大な像でも、不動産の一部として扱われ世界遺産に登録される例もあるわ。

 からすけ 世界遺産に選ばれるのは世界から評価されたわけだから、うれしいよね。決めるのは誰(だれ)なのかな。

 イチ子 国連教育科学文化機関(かん)(ユネスコ)の世界遺産委員会が、各国が推薦する候補が世界遺産の登録基準(キーワード)を満たしているかなどを審(しん)査し、決めるの。今年は6月下旬に委員会を開き、日本が文化遺産として推薦している「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」(長崎、熊本両県)などについて、世界遺産リストへ載(の)せるべきかを話し合うのね。

■今年「潜伏キリシタン」が候補

 からすけ 日本の候補は選ばれそうなの。

 イチ子 ユネスコから頼(たの)まれて、各国が推薦した文化遺産を調査する機関「ICOMOS(国際記念物遺跡(せき)会議)」が5月に、潜伏キリシタン関連遺産を登録するよう強く勧(すす)める「勧(かん)告」をしたの。世界遺産委員会は勧告を尊重することが多いので登録される可能性は高いわ。

 からすけ 登録されると日本では何件目になるのかな。

 イチ子 最初に文化遺産として登録されたのは1993年の姫路城などで、これまでに文化遺産17件、自然遺産4件が登録されたの。潜伏キリシタン関連遺産が登録されれば6年連続になるのよ。一方で、今回、自然遺産への登録を目指した「奄美大島、徳之(の)島、沖縄島北部及(およ)び西表島(鹿児島、沖縄両県)」は担当機関から登録延(えん)期を勧告されたの。それで政府は推薦をいったん取り下げたわ。

 からすけ 世界遺産の数が多くなってくると、登録も難しくなってくるね。

 イチ子 78年にエクアドルの「ガラパゴス諸(しょ)島」など12件が最初の世界遺産として登録されてから、2017年時点で1073件が世界遺産リストに載っているの。これだけ増えると候補は少なくなってくるよね。審査も厳しくなっているそうよ。

 からすけ それでも世界遺産登録を目指すのは、メリットが大きいからなのかな。

 イチ子 世界遺産になると観光客が増えるの。2014年に文化遺産に登録された「富岡製糸場」(群馬県富岡市)は14年度の入場者数が1年間で約4倍に急増したのよ。観光地としてのブランドイメージが高まり、海外から観光客を呼び込(こ)むうえでも、効果は大きいわ。

 からすけ 世界中が、世界遺産を観光に利用しようと競(きそ)い合っているようにも見えるけど。

 イチ子 世界遺産と観光は切り離(はな)すことができないのよ。それまで有名でなくても世界遺産になったことで多くの観光客が訪れるようになった地域があるわ。そうした地域は、観光収(しゅう)入を遺跡の保護(ご)・保全に使うことができるよね。

 からすけ 世界遺産登録で観光客が増えても、しばらくすると飽(あ)きられてしまうことはないのかな。

 イチ子 富岡製糸場の場合は、入場者数が17年度はピーク時の半分になったの。ほかにも人気を保っていくのに苦労しているところがあるわ。一方で、登録されても適切な保護活(かつ)動が行われていないと判断された場合には、世界遺産リストから外されることもありうるのよ。

 からすけ 登録されてからが大事ということだね。

 イチ子 その通り。地域を盛り上げる期待ばかりが先に立つけれど、遺産を未来へ引き継ぐという本来の目的を忘(わす)れないことが大切ね。

■変化の受け入れも文化

灘中学校・高等学校の藪本勝治先生の話 世界遺産の登録は、周辺地域にとって大きな商機です。しかし、観光地化は遺産をとりまく環境を変え、遺産保護の理念に逆行するとの指摘(てき)もあります。確かに、気候が穏(おだ)やかで石造建築の多いヨーロッパ周辺の人々にとって、遺産を変化から守るべきだと考えるのは当然のことでしょう。
 旧(きゅう)約聖書には、神(かみ)が万物を創造したと書かれています。世界が始まる前から不変の神がいたと考えるわけです。一方、古事記や日本書紀(き)には、神々も自然の変化の中で生まれたと書かれており、同様の神話は東南アジアや太平洋の島々にも見られます。季節(せつ)が豊かに移(うつ)ろい、しばしば暴(ぼう)風雨に洗われ、木造の家屋に暮(く)らす風土には、万物の流転を自然なことと見なす文化が育まれたのです。
 価値ある遺産の保全は大切ですが、好ましい変化であるなら歓迎するという考えは、必ずしも無粋とは言い切れないかもしれません。

[日本経済新聞夕刊2018年6月2日付]

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