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キャリアの原点

キリン初の女性工場長 タフな交渉しきる武闘派 キリンビール執行役員 横浜工場長 神崎夕紀さん(上)

2018/6/5

キリンビールでは女性の工場長は初めてで、技術職の女性執行役員も神崎夕紀さんだけだ

 横浜は日本のビール発祥の地であり、「キリンビール」ブランド誕生の地でもある。歴史あるキリンビールの横浜工場長を務めるのが神崎夕紀さん。同社でただ一人の女性工場長だ。中途入社で「地域限定社員」からのスタートだったが、技術職の憧れのポストとされる醸造部長を経て、いつしか「武闘派=タフネゴシエーター」に成長。技術職で唯一の女性執行役員に上り詰めた。

■高校教師の導きでリケジョに

 午前8時前。神崎さんのキリンビール横浜工場長としての1日は工場敷地内の稲荷神社にお参りすることから始まる。

 「お稲荷さんは国内9工場すべてにあります。工場はやはり『安全第一』。元気に明るく働けることが重要ですから、『きょうも1日、誰もけがをしませんように』とお参りしてから、出社しています」

 出身は福岡県宗像市。「もともと、とりたてて理系が得意というタイプではなかった」と振り返る。

 「高校の数学の先生がとても理論的に教えてくれる方で、その先生に教わってから数学が好きになりました。生物の授業もすごくおもしろかった。多色チョークを使って発生のメカニズムなどをわかりやすく黒板に描いてくれる先生で、今になって思うと、きっと先生自身が生物を好きだったんでしょうね。絵を描いたり、漫画を描いたりするのは私も好きでしたから、負けじと真似をしてきれいなノートを作っていました」

 卒業すると、佐賀大学農学部農芸化学科へ進学した。「大学3年生まではサークル三昧の生活を送っていた」という。当時、熱中したのは少林寺拳法だ。

 「小中学校時代はバスケットボールをやっていたのですが、あまり背が伸びず、やめてしまいました。ジャーナリストを目指そうと、高校では新聞部へ。だけど、大学に入ったらやはり体を動かしたくなり、何がいいかなと探したんです。それまでの蓄積がモノを言う競技だと、やってもしかたがない。少林寺拳法なら経験者も少ないし、大学から始めてもなんとかなりそうだと思いました」

 少林寺拳法は初段以上が黒帯で、神崎さんは2段。全国大会に出場した経験もある。現在は職場の仲間と空手を趣味として楽しんでいる。

■「地域限定コース」からのスタート

 大学を卒業した1986年は、ちょうど男女雇用機会均等法が施行された年だった。技術職を目指して大学院へ進学。修士課程を修了後、初めて入ったのは地元・九州の体外診断薬を作るベンチャー企業だった。

 「研究職として採用され、3年が経過したころでした。何となく、『この仕事を一生続けるのかなあ』と思って、ですね。決して仕事がおもしろくなかったわけじゃないんです。それぐらいの時期って、たぶん、多くの人が同じようなことを思うんじゃないでしょうか」

 大学院の恩師に相談したところ、キリンビール福岡工場で品質保証の実験室を立ち上げるにあたって、技術スタッフを募集しているという話を聞いた。応募して、キリンビールに92年、中途入社した。地元採用枠の「地域限定コース」からのスタートだった。

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