エンタメ!

あの人が語る 思い出の味

「出世せな」、妻と分けたアジの塩焼き 桂文珍さん 食の履歴書

NIKKEIプラス1

2018/6/1

1948年兵庫県篠山市生まれ。落語家。1969年、5代目桂文枝に弟子入り。「愛宕山」などの古典落語のほか「老婆の休日」など創作落語も人気。83年上方お笑い大賞。2010年紫綬褒章を受章。関西大学などで非常勤講師も務めた。岡田真撮影

 上方落語界の重鎮、桂文珍さんは今年70歳を迎える。古典落語だけでなく、時事ニュースを盛り込んだ創作落語も大人気で、高座は年間100回を超える。そんな文珍さんの目標は、100歳まで芸も食もバリバリの現役でいること。本日のお題は食の履歴書、いざ開演。

■産みたての卵こっそり持ち出す

 生まれは兵庫県丹波篠山です。山の奥のまた奥、壮絶な田舎でした。両親が専業農家をしてました。収穫の時期は、その野菜ばっかりです。今日もカボチャか、またサツマイモか、てな調子。小学校の帰り道、柿をもいだり、道ばたのイタドリを食べたり、野性味あふれる食生活でした。

 当時の私のごちそうは、家で飼っていた鶏が毎日産む卵です。産みたての温かいのをこっそり持ち出し、コチンと割ってチューと吸うんですわ。これがうまくてねえ。そのうちに親父が「おかしいな、最近、全く卵を産まないな」。短気な親父はその鶏をつぶし、食べてしまいました。胸が痛みましたね。鶏に申し訳なくて。とても食べられないと思いましたが、食べたら、もう実にうまかったです。

 実家は酪農もやってました。絞りたての生乳は脂質が多く、表面に膜が張っている。この生乳がうまかったですね。雌牛の数を増やすため、種付けの職人がよくやってきました。その人が来ると、やがて子牛が生まれる。当時、私は弟が欲しくてね。母に「あのおっちゃんに種付けしてもらって、弟をつくってくれ」。小学校低学年の子供が、よう種付けなんて言葉を知っていたもんですな。

 大学で大阪に出ました。落語研究会で活動するうち、5代目桂文枝師匠の弟子になりました。弟子が多かったので、食事は鍋が多かったですな。ある日、2階が工事中だったんですが、弟弟子の桂文福君が天井を踏み抜きまして、スリッパが片方、一階で食べていた鍋の中にポチャン。見上げると文福君の足だけがぶら下がってる。私ら大騒ぎになりましたが、文枝師匠はさすがですな、落ち着き払って食べ続けてました。

■妻とアジの塩焼き分け合う

 22歳のころ、「ヤングおー!おー!」というテレビ番組で突然売れたんですが、吉本いう会社はしっかりしてます。給料はまるで上がらない。京都花月の仕事では、電車賃払うと100円ちょっとしか残らない。でもそれが良かったんです。急に売れても勘違いせずに済みました。芸も人気も年も重ねてこそです。

 そんなですから20代のころは貧乏でした。妻と定食屋に行って、ご飯と味噌汁を2つもらって、アジの塩焼きを1匹。それを二人で分けました。確か200円くらいでしたね。妻が「あんたはこれから出世せなあかんのやから、頭の方を食べなはれ」って。いい時代でしたな、妻もやさしくて。今は私が頭から食われてます。

 20代後半になって、もっと芸を磨かなあかんと、お寺や公民館など借りて、自前の独演会をばんばんやりました。チラシも自分で作ってね。百回の稽古より一回の高座やと思ってました。収入も安定してきた30代半ばごろから、飲むようになりました。独演会の打ち上げで、朝の4時でも5時でも終わりまへん。開いてる店どこや、と。ビール、日本酒、ウイスキー何でも良かった。

■水代わりにワイン

 最近はもっぱらワインですね。水代わりですわ。フランス人のようですって? いや飲み過ぎると、そのうち仏になるでしょう。休暇をいただくと家族でフランスやイタリアに行きまして、ワインを楽しみます。アジアも行きますよ。私、香草、パクチーが好きで、ベトナムでフォーという、うどんのような料理を食べた時は、こんなうまいものがあるんかと感激しました。

 最近はあちこちから独演会のお仕事をいただくので、その土地のおいしいものが楽しみです。飲んだ後の青森のハタハタ茶漬け、仙台のホヤ。雪の小樽のエゾ牡蠣(かき)の握りは冷えた白ワインとよう合うんですわ。札幌のジンギスカンには、なぜかマッコリが合います。体に悪そうなものほど、なんでうまいんでしょうね。昔は胃の向くままに食べてましたが、最近はおいしいものを、少しでいいです。ステーキなら赤身を100グラムで十分です。

 人生100年時代、芸も食も100歳まで現役でいたいですな。100歳になって、「お姉ちゃん、かわいいなあ」なんてナンパするじじいがいたら、おもろいやないですか。100歳まで高座に上がって、おいしいものをいただいて。そのためには、塩分と艶聞に気いつけましょう。

■50年通うカレー

インデアンカレー(大阪・法善寺横丁)

 なんばグランド花月からほど近い法善寺横丁から少し入った路地にある「インデアンカレー南店」がお気に入りだ。創業70年を超える老舗で、通い始めて50年になる。メニューは750円のカレーのみ。月に一度は訪れ、主人と談笑しながら卵入りカレーを食べる。けっこう辛いが、「何か入れてるのではないかと思うほど、くせになる味」(文珍さん)。スポーツ選手やミュージシャンなど著名人の顧客も多い。

 食後は向かいの喫茶「アラビヤコーヒー」というのがお決まりのコース。この通りには韓国料理、メキシコ料理、ブラジル料理など国際色豊かな店が並び、世界の味が楽しめる。「このあたりを歩けば世界一周できるわ」と弟子に言ったら、「せこい一周ですな」と返されたそうだ。

■最後の晩餐

 やはりステーキですかな。最後は赤身でなく、霜降りのサーロインを心置きなくいただきたいです。お供は赤ワイン。最近終活を始めまして自宅を片付けておりましたら、古くていいワインが出て参りました。ああ、でもお茶漬けも捨てがたい。日本人ですなあ。

(編集委員 鈴木亮)

エンタメ!新着記事

ALL CHANNEL