2018/5/26

ビジュアル音楽堂

「ラフマニノフは僕にとって一番大事な作曲家といっても過言ではない」と伊藤氏は語る。彼が傾倒するのは19世紀末から20世紀初めにかけての後期ロマン派の音楽。ラフマニノフはチャイコフスキーを受け継ぐロシア後期ロマン派の作曲家だ。同世代のアレクサンドル・スクリャービン(1872~1915年)が神秘主義に没頭し、前衛的な現代音楽につながる響きを追求していったのに対し、ラフマニノフは渡米後の作品に至るまでロマン派の叙情や感傷、哀愁といった要素を濃厚に保持した。

CD1枚に収まるチェロ作品を編曲で増やす

20世紀初めに没したグスタフ・マーラー(1860~1911年)やスクリャービンを越え、リヒャルト・シュトラウス(1864~1949年)と並んで20世紀半ばまでロマン派音楽を書き続けた。西洋の伝統的な調性や形式を打ち破る現代音楽が台頭する中で、時代錯誤ともいえるほどロマンチックな音楽を終生書き続けた。「中学生の頃から大好きな作曲家。大人になって好みが変わることは多々あると思うが、これに関しては不変。僕の心を一生捉え続けるだろう」と伊藤氏は話す。

ラフマニノフ「チェロソナタ」を弾くチェリストの伊藤悠貴氏(4月27日、東京都日野市の日野市民会館大ホール)

2012年に欧州で出したデビューCDは「ラフマニノフ チェロ作品全集」。全集といってもCD1枚で足りてしまうほど作品数は少ない。代表作の一つの「チェロソナタト短調作品19」をはじめ、7作品を収めたにすぎない。そもそもラフマニノフは作品番号45までしかない寡作の作曲家。ましてやチェロのための作品は少ない。しかもデビューCDに収めた「春の水」は、原曲が歌曲集「12のロマンス作品14」の中の1曲。この歌曲を伊藤氏がチェロのために編曲したものだ。

17年11月に出した2枚目のCD「ザ・ロマンティック」は後期ロマン派の作曲家を中心とした小品集だが、その冒頭にも自ら編曲したラフマニノフの「夜のしじま作品4の3」を入れている。これも原曲は歌曲集「6つのロマンス作品4」の1曲だ。ピアノのイメージが強い作曲家だが、「実は歌曲が素晴らしい。彼の歌曲を研究し、チェロに合う曲を選んで弾きたい」と伊藤氏は言う。ロシアの叙情が濃厚に漂うラフマニノフの「歌」に彼がひかれているのは確かだ。