伝統と様式美 バーミンガム・ロイヤル・バレエ来日
英国2大バレエ団の一つ、バーミンガム・ロイヤル・バレエ団が3年ぶりに来日した。ロイヤル・バレエ団の姉妹カンパニーとして、独自の文化を築いてきたバレエ団が披露するのは、チャイコフスキー作曲の古典バレエの名作「眠れる森の美女」とエロール作曲「リーズの結婚」だ。バーミンガム・ロイヤル・バレエ団は日本を含め、17カ国からの多国籍なダンサーが集まるのも特徴の一つ。今回の公演で主役を踊るトップダンサーの一人、平田桃子さんとバレエ団率いる芸術監督のデヴィッド・ビントリーさんに舞台の見どころやバレエ団の魅力を聞いた。
今回の公演では前半の5月18~20日に「眠れる森の美女」を、後半の25~27日に「リーズの結婚」を東京文化会館(台東区・上野公園)でそれぞれ上演する。両作品とも「英国バレエの代名詞」。中でも「眠れる森の美女」はとりわけ豪華で様式美にあふれる舞台で、1930年代から英国で踊り継がれてきた古典バレエの頂点とされる。
■速いステップと物語重視の叙情豊かな表現
この作品について、ビントリー監督は「ダンサーには最高の技術と洗練された表現力が求められる。音楽も非常に重要で、踊りと絶妙に合わさって、叙情豊かな独特の舞台がつくりあげられる」と言う。平田さんはプロローグで生まれた姫の命名式に招かれた妖精の一人を演じているが、「バレリーナにとって一番大変な作品といっても過言ではない。主役だけでなく全ての役柄にいえることで、短い出番でもいかにテクニックを見せるかがチャレンジだ」と語っていた。
公演前日のリハーサルをのぞくと、そこにはおとぎの世界が広がっていた。リハーサルとあって、ダンサーの半分ほどはジャージーなどの練習着で踊っていたが、それでも見入ってしまうような豪華で夢のある舞台だった。平田さん演じる妖精は、軽やかで、楽々と宙を舞い、楽しみながら踊っているように見えた。一方、同じ日本人のベテランダンサー、佐久間奈緒さん演じる悪の妖精カラボスが素晴らしいすごみと迫力で、一段と物語に引きこまれた。
英国バレエの特徴は「高度な技術を要する速いステップと、叙情豊かな表現。そしてシェークスピアにもさかのぼる物語好きな国民性ゆえの、ストーリーを重視する点だ」とビントリー監督は言う。
■英国の伝統を受け継ぐ多様な国籍のダンサー
25日から3回の公演を控える「リーズの結婚」は、こうした英国バレエの特徴あふれる作品で、英国バレエの祖とされる振付家フレデリック・アシュトン氏の代表作の一つ。平田さん演じる主役の少女リーズが、裕福な農園主の息子と結婚させようとする母親を出し抜いて、恋人との結婚にこぎつけるまでの騒動を描くコメディー作品だ。
「本当にチャレンジングな作品。ステップも独特で踊るだけでとても大変なのに、小道具を使ったり、木靴をはいたり、コミカルな演技も必要で、ダンサーにとってはとてもやりがいがある」と平田さんは話す。ダンサーが全身、トリの着ぐるみを着て踊る場面もある。「中はサウナ状態で、ごく限られた視界で踊らなくてはならない。大きい着ぐるみなので振りも大きくしないと観客に伝わらないし、ダンサーにとって過酷な作品」と平田さんは説明する。
英国のバレエ文化と伝統を受け継ぐバーミンガム・ロイヤル・バレエ団だが、舞台を眺めていると、様々な国籍のダンサーが活躍していることに気づく。現在、17カ国からのダンサーが所属しているといい、ビントリー監督は「様々な文化や経歴を持つ人が集まっていることこそ、このバレエ団の強みだと思う。そのことで舞台にも深みを与えていると感じる」と話す。「その多様なダンサーたちをつなぐのが、訓練と独自のバレエ表現、私たちのスタイルだ」
ビントリー監督は2014年まで4年間、日本の新国立劇場バレエ団の芸術監督を務めており、日本との親交は深い。かつて日本のバレエ文化について「大変熱心なバレエファンが大勢いるが、革新を避け、古典的な作品を好む傾向がある。新しい作品にも目を向けるべきだ」とメディアのインタビューに語ったことがあった。今回、改めて考えを尋ねると「最近それは間違った考えだったかもしれないと思い直している」と答えた。
さらにビントリー監督は言う。「日本と西洋の価値観に大きな違いがあることに気づいた。日本の伝統芸能、例えば歌舞伎を見ても、400年前の舞台をいかにそのまま、正確につくり上げられるかに高い価値を見いだしている。西洋では新しいこと、変えることに価値をおいて芸術が評価されるので、古典にも新しい解釈や表現を使うことが多い。日本と正反対だ」
■現代人も共感を覚える新しいアイデアや表現
「日本では長い年月にわたって踊り続けられる、名作の仲間入りを果たす作品が喜ばれるわけだが、バレエを深く愛する日本の観客なら新しい作品でも完成度の高いものであれば評価してくれるだろう」
自らもダンサー出身で、今まで振り付けから監督まで務め「一生のほとんどをバレエにささげてきた」というビントリー氏は、バレエ芸術の未来をどう描いているのだろうか。「『眠れる森の美女』のような古典の名作は大勢の観客をひきつける力が十分にあると実感するし、その魅力を継承していくこと自体、ダンサーにとって大変な挑戦だ。ただ、古い作品ばかりにしがみつく博物館のようになってもいけない。今を生きる人たちにも共感を覚えてもらえるよう、新しいアイデアや表現を常に取り入れながら創作をしている。バレエは白鳥や妖精や王子が出てくるような作品ばかりではなく、まだ大きく発展する力を持つ芸術だ。例えば振付家ジョージ・バランシンの作品は20世紀に入ってつくられたものだが、古典と同様の価値ある名作だと思う」
「どう観客をひきつけ続けるかは大変難しい課題だ。様々なエンターテインメントが生まれ、一日中画面を眺めながら過ごす人もいる。そうした中で、お金と時間をかけてバレエを観に来てもらうにはどうしたらいいのか、考えなくてはならない。それでもバレエダンサーに憧れ、目指す人はまだ大勢いるし、バレエを見たいという人がいてくれる限り、舞台をつくり続けたいと思う」
もとはロシアで生まれたバレエを受け入れ、独自の文化として磨き上げられた英国バレエ。多様な文化や国籍のダンサーたちがそれを受け継ぎ、進化させていくことで新たな舞台が生まれている。こうした作品が将来、古典として踊り継がれていくことを期待したい。
(映像報道部 槍田真希子)
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