私がクオータ制を支持する理由 身近な人の苦闘に学ぶ
ダイバーシティ進化論(出口治明)
ゴールデンウイークが終わって久しい。異動や昇進・昇格により新しい立場で新年度を迎えた人も、いまの環境に慣れてくるころ。ここからどうステップアップしていこうかと自身の成長を模索し始める時期だろう。
その手掛かりとして、「ひとつ上の視点で考える習慣をつけよ」といった言葉をよく耳にする。即座に具体的な上司や先輩の姿が思い浮かぶ人はいい。だが、職場の少数派で、「女性総合職の一期生」「初の女性部長」など、周囲の耳目を集めやすい立場に置かれる場合が少なくない女性は、誰の何を想起すればいいのかと、思い悩んでしまう人が多いのではないか。
どんな役割も最初はまねからしか入れない、というのが僕の持論だ。人間はそんなに賢くはない。何かしらの努力を重ねるにあたっては、身近にいる具体的な誰か(や何か)が有意義な目標設定を助け、その達成の励みともなる。ところが、ロールモデルの不在は「ひとつ上の視点」の体得を妨げ、女性たちのキャリアアップを一段と難しいものにしてしまうのだ。
立派な人はロールモデルにならない。むしろ、隣のお兄さんやお姉さんのような、すぐ身近にいる人が昇進・昇格し、悪戦苦闘をしながら職務をこなしていく姿こそが、真のロールモデルとなる。なぜなら、その姿は「自分にもできる」との自信を周囲に植え付けてくれるからだ。
身近な人に学ぶことは、その問題を自身に引きつけることと同義だ。女性をクオータ制(役職の一定割合を女性に割り当てる制度)で引き上げれば、周囲の後進女性も自分には無縁だととらえていたポジションや組織の課題を我が事としてとらえ直し、より能力を発揮するようになる。僕がクオータ制を支持する理由はここにある。
極論すれば、誰を昇進させるかはあみだくじで決めたっていい。部下のキャリア、職務内容、今後の希望さえ把握していれば、上長の役割は務まる。安倍晋三首相が「上場企業は女性取締役1人以上の登用を」と要請している折。1年任期の取締役に3年連続で女性を登用してみれば思わぬプラスがもたらされよう。
世界との競争は待ったなし。改革のスピードが遅れたら滅んでしまうことを歴史は教えてくれている。イノベーションの源泉ともなるダイバーシティ(人材の多様性)。その実現に向け残された時間はもうない。
立命館アジア太平洋大学学長。1948年生まれ。72年日本生命に入社、ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを務める。退社後、2008年にライフネット生命を創業し社長に就任。13年から会長。17年6月に退任し、18年1月から現職。『「働き方」の教科書』、『生命保険入門 新版』など著書多数。
[日本経済新聞朝刊2018年5月14日付]
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