ネット会食も効果あり? 孤食の健康リスク下げるには
日本人の孤食化が止まりません。キユーピーの調査によると、既婚女性が平日に朝食を1人でとる割合が、子どもや夫と食べる割合を上回りました。女性の社会進出などにより、家族であっても「ひとりごはん」が当たり前となってきました。
孤食化で気になるのは健康リスクです。東京医科歯科大の谷友香子特別研究員らが同居者のいる65歳以上を調べると、孤食の死亡リスクは一緒に食べるのに比べ男性で1.5倍、女性で1.2倍となりました。研究を共にした千葉大の近藤克則教授は「孤食だと男性は女性より栄養バランスが悪くなっている恐れがある」と話しています。
一緒に食べる人がいれば確かに健康に良さそうですが、現実には一人暮らしが増え、家族の時間はばらばらになる方向です。どうしたらいいでしょうか。
ユニークな実験があります。名古屋大の中田龍三郎特任講師は被験者に、鏡に映った自分の姿と、部屋の壁が映ったモニターという異なる環境を前にポップコーンを食べてもらいました。結果は、鏡の前で食べた方が食事をおいしいと感じ、摂食量も増えました。不思議な結果にもみえますが、中田氏は「物理的な誰かでなくとも、視覚で感じた人の存在が食事の質を高めた」とみています。
離れていても「一緒に食べる」のは可能かもしれません。東京電機大の徳永弘子准教授らは高齢者にタブレット端末を配り、離れて暮らす家族とテレビ電話を介し食事をしてもらいました。結果は、会話を好む高齢者の場合、「テレビ会食」により食事の満足感が高まりました。
若者の間ではパソコンやスマートフォン(スマホ)に向かい、オンラインで楽しむ飲み会も流行しています。徳永氏は「友人同士でも、テレビ会食は食事の質を高められるかもしれない」と述べています。
家族や友人以外はどうでしょう。兵庫県南あわじ市は2017年1月から田舎のおばあちゃんと食卓を囲む気分を味わえるネット動画の配信を始めました。今まで4万回を超える視聴があり「癒やされる」などと評判を集めています。ただこうした取り組みは一部にとどまっており、今後の進展が待たれます。
米国の研究者は17年11月、アルコールを好む珍しいネズミを使って夫婦関係を確かめるという実験の結果を発表しました。実験ではオスだけが酒を飲むカップルの場合、酒を飲んだオスがパートナー以外のメスと長い時間を過ごす傾向を確認できました。1人で飲む夫が浮気する生物学的な可能性を示すといえます。ひとりごはんにとどまらず、ひとり飲みの様々なリスクについても詳しい検証が求められそうです。
中田龍三郎・名古屋大特任講師「疑似的な共食も孤食の質を高める」
社会全体で広がる孤食をどのように考えたらよいでしょうか。高齢者の行動や心理を中心に研究している名古屋大特任講師の中田龍三郎さんに聞いてみました。
――そもそも食事は人間にとってどのような意味を持つのでしょうか。
「食べることは栄養摂取にとどまらず、おいしさや味わいを感じるという心理的な側面がある。食事がおいしいという感覚は食べる場所や食器、ストレスといった様々な環境に左右される。中でも他者と一緒に食事する『共食』には大きな意味がある。共食は食事量を増やし、おいしさや満足度が増すという正の効果が研究で確かめられている。消防士が一緒に食事することで消火の成績が高まるなど、共食が集団の活動にも影響することも知られている」
――社会全体では孤食が広がっています。
「配偶者を亡くした高齢者は食事の準備や内容が簡素化し、栄養が不安定になる。ただ自治体などが集団での食事を呼びかけても、孤食傾向が強い人は自らコミュニティーとつながろうとする意識も薄くなりやすい」
――どうすればいいでしょうか。
「日常にありふれた道具で食事をおいしくできないかを研究してみた。鏡の前で自分を見ながら食事するのと、部屋の壁が映ったモニターの前で食事するのとでは、鏡の前のほうがおいしさの認知や食品の消費がすすんだ。自分が食べている静止画であっても、壁の前で食べるよりはおいしく感じるという効果も確かめられた。現実に誰かと食事していなくても、視覚を通して誰かが食べているという感覚がわき起こることが重要ではないかと考えている。鏡は、孤食している高齢者の生活の質を高める可能性がある」
――テレビやインターネットにもそうした可能性がありますか。
「誰かが食べているテレビ映像を見ながら食事すれば、おいしいという感覚がわき上がるかもしれない。遺影の前に食事を供え、亡き人と共に食事をしている感覚を呼び起こす能力が人間にはある。ネットを介して食事するなど、疑似的な共食が孤食の質を高める道もあると考えている」
(高橋元気)
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