白いご飯に合う 昔懐かしい焼き塩ザケはアラスカの味
かつて、日本の食卓でサケと言えば、身がしまった塩ザケだった。昨今は健康によくないと塩分控えめの塩ザケが多いが、白いご飯と一緒に食べるしっかり塩の効いた焼きザケは、それはおいしい。締まった身がふっくらとしたご飯とよく合うのだ。塩ザケになるのは、紅ザケや白ザケ(秋ザケ)などだが、我が家では塩ザケと言えば紅ザケだった。ほかのサケに比べ身が赤く濃厚な味わいで、これを具にしたおにぎりは、また格別だ。
この紅ザケ、1980年代には多くが日本に輸入されてきたサケマス類の大半を占めた米アラスカ産だった。アラスカは豊かな自然と生態系を守るため漁法や漁獲量を州憲法で厳格に管理しており、漁獲されるヒレ魚はすべて天然。キングサーモン、銀ザケ、紅ザケ、白ザケ、ピンクサーモンの5種類のサケが獲れる。
「天然もののサケは生まれてから数年は回遊しているので、筋肉質。よけいな脂身がなく臭みも少ないんですよね」とアラスカシーフードマーケティング協会(ASMI)マーケティング・ディレクターの佐々木慶子さんは説明する。「あの頃よく食べていたけど、おいしかったなぁ」と思う。知らないうちに遠い国の魚に舌鼓を打っていたわけだ。
「当時は輸入総量約15万トンのうち約10万トンは米国産(ほぼアラスカ産)でした」(佐々木さん)。しかし、2016年には、アラスカからの輸入量は金額ベースで全体のたった5.5パーセントにまで落ちている(水産庁「平成28年度 水産白書」より)。「健康志向などから欧米で魚の消費量が増加し価格が上昇したのですが、庶民の味というイメージのあるサケは日本ではあまり高くは売れない。魚離れで日本での需要が減ったこともあり、輸出量が激減したんです」と佐々木さんは言う。
輸入量は減ったが、現地での魚グルメの楽しみ方を聞けば、すぐにでもアラスカに飛んでいきたくなる。1959年に米国の州となって以来、州憲法で持続可能な漁業を定めているアラスカはサステイナブルな漁業の先端例として知られているが、「釣っていい魚種や数は地域により決められているものの、旅行者でも釣りを楽しむことができるんです。魚群探知機でこの辺りにいると検討をつけ連れて行ってくれるんですが、釣り堀じゃないかってぐらい。初心者でも魚が釣れないってことがないんですよ」(ASMIのPRマネージャー、古山友子さん)と言うのだ。獲れたての魚は格別においしいらしい。
アラスカで人気の調理法の一つはバーベキュー。ネットで検索をしてみると、サケをはじめ様々な魚を焼いて楽しんでいる画像が出てきた。「各家庭には魚用の冷蔵庫があるんです。魚はスーパーでも売っていますけど、漁師から買ったり、自分でも釣りに行って、獲れた魚を近所の人と物々交換したりするんですよ」と佐々木さんは世界でも有数の漁獲高を誇る水産王国の魅力を語る。
焼いた魚の味付けは、バーベキューソースだったり、シンプルに塩コショウとレモンだったり。国立公園の中にもバーベキューの施設があると言う。大自然の中で豪快に自然の恵みを楽しめるというわけだ。
自家製スモークサーモンも、アラスカの家庭の味。使用する魚は、紅ザケだったり銀ザケだったり。薫製用の木のチップも、どの木を使うか各家でこだわりがあり、「お酒のつまみに出してくれるんですが、これがおいしくて」と古山さんはほほを緩ませる。
アラスカでは、魚を食べるのに日本の調味料もよく使うらしい。ASMIによるアラスカ産ギンダラのセミナーで、現地の水産会社、クルゾフのロンダ・ヒュバートさんにギンダラのお勧めレシピを聞くと、「照り焼き風ソースや味噌とショウガ、ゴマ油でマリネして焼くとおいしいわよ」と教えてくれた。
それだけなら日本人を意識したレシピを教えてくれただけかと思うが、「日本風じゃないけど」と彼女が付け足したのは、ライムとしょうゆを使ったレシピだった。後でしょうゆを使ったサケ料理のレシピもネットで検索してみたら、「テリヤキサーモン」からしょうゆは隠し味かなと思うものまでずらっと並んだ。和食の調味料は欧米人の舌にも魚に合うのだ。
セミナーでは人気フードスタイリストのマロンさんが、ギンダラを使ったギョーザとパスタを披露。白身の魚のギョーザとは珍しい。ミンチにしたギンダラに混ぜた浅漬けの小松菜が魚の味を引き立てる。パスタには、大きめに切ったギンダラのソテーがゴロゴロ入っていた。魚は身が引き締まりほどよく脂が乗っていて、天然ものならではの味わいだ。
近年、サステイナブルな漁業への関心が高まる中、アラスカ産であることをうたった食品フェアも開催されるようになっている。昨年にはセブン&アイグループとASMIとのコラボレーションにより、イトーヨーカドー、そごう・西武で地球にやさしい食材であることをアピールしながら、アラスカ産シーフードのフェアが開催された。
ちなみに日本では漁獲量が激減したスケソウダラの卵巣を加工しためんたいこは、アラスカやロシア産を使っていることが多いのだとか。こんなところでもアラスカ産海産物のお世話になっていたとは知らなかった。
今年1月には、「ファーストキッチン」にアラスカのピンクサーモンを使った「アラスカ産 サーモンクリームシチュー」が登場。ゴロっとしたサケが入ったメニューだが、やはり食べてみたいのは、昔よく食べていたと思われる紅ザケ。近々ある外食チェーンでこの紅ザケを使ったメニューが登場するらしいという話を聞いた。それまでは、しばしお預けだ。
マルハニチロが毎年行っている「回転寿司に関する消費者実態調査」の3月末発表の最新結果によれば、回転寿司店でよく食べるネタの一番人気は7年連続でサーモン(サケ)。同調査で、食べたいけど我慢することが多いネタの1位はマグロの大トロなのだが、サーモンなら脂の乗ったネタのおいしさも味わえる上に値段も手ごろというわけ。今やすしネタの「顔」とも言える存在だ。
天然ものは寄生虫のアニサキスがいるため生食はできないので、すしネタとなるのはすべて養殖もので、チリやノルウェー産が主流だ。サケと言えば、こうした生食できるもののイメージが強くなっている今日この頃。でも、輸入ものでも日本酒にも合うのは、身質がしっかりしたアラスカ産のような天然ものでしょ、と思う。日本人なら忘れたくない魅力なのである。
(フリーライター メレンダ千春)
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