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食の達人コラム

カナディアンウイスキー 日本の麹を使いこなして進化 世界5大ウイスキーの一角・ジャパニーズ(17)

2018/5/11

カナディアンクラブ(右)と同12年

ハイラム・ウォーカーの名前が出てきたが、カナディアンウイスキー最大のブランドカナディアンクラブを生んだ同社について述べよう。

創業者のハイラム・ウォーカーは、1816年、米国ボストン生まれ。20歳でデトロイトに移り、様々な職業を経験。ほどなく食料品店のチェーン展開に成功。穀物を扱っていたことから、製粉所に蒸溜所を併設することを考え、様々なウイスキーを研究。

40歳の時、築いてきたデトロイトのビジネスを全て売り払い、デトロイト川の対岸、カナダ・ウィンザーに広大な土地を購入。1858年、蒸溜所を開設。

当時、米国ではキリスト教団体などを中心に禁酒運動が盛んになっており、いくつかの州では実際に酒類の製造や販売が禁止されるようになっていた。この動きが米国全土に広がると予想し、彼はカナダでのウイスキーづくりに賭けた。

30種類以上のブランドを製造していたが、よく売れたのが「ウォーカーズ・クラブ・ウイスキー」というブランドであった。カナダ産穀物を使い、長期間熟成させた原酒を独自にブレンドしたこのウイスキーは、なめらかで飲みやすく、味のバランスも良かったため、米国の上流階級の社交場「ジェントルメンズ・クラブ」などで大変もてはやされた。

外国産ウイスキーと識別できる表示を課す法律が制定された

ところが米国で人気が高まると、それに危機感を感じたケンタッキーのバーボン業者が政府に圧力をかけ、外国産ウイスキーと識別できる表示を課す法律が制定された。これにより、1888年「ウォーカーズ・クラブ」は「カナディアンクラブ」に名称を変更。バーボン業者の期待に反して「カナダ」が表記されたこのウイスキーは変更前以上に売れ、世界各地に輸出されるようになった。

ハイラムは従業員の福利厚生に熱心で、ウィンザーの蒸溜所に合わせて、従業員が暮らすための街「ウォーカービル」を建設した。学校、公会堂、銀行、消防署、警察署など公共施設も自費でまかなった。現在もウォーカービルと呼ばれている地区は、高級住宅街として残っており、その中にあるウィルステッド・パークには、ハイラムの息子エドワードの邸宅も残されている。そのエドワードからハイラム・ウォーカーの運命が暗転する。

1899年ハイラムが亡くなり、3人の息子が会社を継ぐが、1915年、1916年、1919年に相次いで亡くなる。次に会社を継いだのはハイラムの孫のハリントンであった。富裕層に生まれ、なに不自由ない環境で成長した彼に、ウイスキー事業への情熱はなかった。1920年禁酒法が施行されると、米国への輸出が非合法になる。ハリントンは、禁酒法の対象である酒類の製造販売が家業であり、自社製品の密輸という犯罪に手を染めていることを深く憂慮していた。そして、1926年事業売却を決断する。

買い取ったのはハリー・ハッチ。前回書いたシーグラムのサミュエル・ブロンフマンと同じく豪腕で貪欲な業界人であった。当初交渉を開始した同業他社との話が進まず焦っていたハリントンの足元を見透かして、驚くべき安さで買収に成功した。

1929年からの世界不況の中で利益は大きく減少した。ハリーは多くの資金を投資し、生産設備の近代化を図り、経営は順調であったが1946年、まだ60代前半の若さで急死し、息子クリフォードが後を継ぐ。

クリフォードは事業の多角化を行い、本業以外で大きく伸ばしたのが、資源エネルギー部門であった。この部門で致命的な出来事が起きる。米国の石油探査会社デービス・オイルへの投資失敗による巨額の損失発生を期に起きた信用不安である。その処理のため、クリフォードは事業が順調で資産価値の高いウイスキー部門の売却を決断する。売却先はイギリスのアライドライオンズ、1987年のことであった。

以前からカナディアンクラブの輸入販売を行っていたサントリーは、翌1988年アライドライオンズと合弁会社サントリー・アライドライオンズを設立しており、その後もアライドとは親しい関係にあった。カナディアンクラブもその合弁会社が販売していた。

アライドライオンズは1994年スペインのペドロ・ドメックと合併する。新会社アライドドメックはディアジオに次いで世界第2位のスピリッツ会社となった。そして2005年、アライドドメックは、フランスのペルノー・リカールに買収され、ペルノーが取得したブランドは分別され米国のフォーチュンブランズが買収する。

世界第2位のアライドがむざむざとペルノーの軍門に下った理由としては、2000年のシーグラムの買収でアライドはペルノーに競り負けたこと、その結果、ペルノーはシーバスリーガルはじめ、強力な競争力を持つブランドを手に入れており、その後アライドは厳しい競合にさらされると想定されたこと、ペルノーがアライドの経営陣と株主に提示した買収条件が破格であったことなどが挙げられている。

ペルノーのウイスキー子会社はシーバスブラザース、フォーチュンブランズのウイスキー子会社がビームグローバルである。アライドの持つ大ブランドのうち、バランタインはシーバスブラザースが、カナディアンクラブはビームグローバルが取得した。

こうして、カナダで興り、隆盛を極めた大会社が、1社ならず2社も消滅した。酒類は伝統産業の側面が強いが、実は消費者の嗜好変化と共にイノベーションが欠かせない産業なのだ。

カナディアンクラブの物語はまだ終わっていなかった。2014年サントリーがビーム社を1兆6000億円で買収したのである。日本の技術を世界ではじめて受け入れたカナディアンクラブ、その新たなブランドオーナーは、高峰譲吉の故国日本の会社となったことに深い感懐を覚える。現在も原酒は以前と変らず、ペルノー傘下となったウィンザーのハイラム・ウォーカー蒸溜所でつくっている。

カナディアンクラブで3種のハイボールを

今回お薦めするのは、1983年以来の日本市場におけるウイスキーの退潮にストップを掛けた、その立役者、ハイボールという飲み方である。この飲み方が日本でウイスキーに新たな息吹を吹き込んだのだ。2007年のことであった。そして、ハイボールスタイルは世界に広がっている。

ベースは、カナディアンクラブ。3種のハイボール。

用意するのは、ガス圧が高いサントリーソーダ、レモン、そして、ライムの8分割片。

ウイスキーに氷を入れウイスキーとグラスを冷やす。氷は取り出し冷えたソーダを入れる。

まずはレモン2切れを絞る。もう1つのグラスにはライム2切れを絞る。3個目のグラスには、レモン2切れとライム1切れを絞る。

絞りは身から、そして、次に皮をぎゅっと絞って精油を入れる。

3番目にスプーン1杯のシロップを加えると、カリフォルニア・レモネードという名前のカクテルになる。

共通するのはマイルドな口当たりとなめらな喉越し。レモン、ライムのフレッシュな香りと味わいが増幅され、それぞれの特徴となる酸味と深みのある苦味が余韻の長さと複雑さをもたらす。体と心がシャキッとリフレッシュする。それこそミクサビリティーナンバーワンウイスキー、カナディアンクラブならではの持ち味である。

カナダの雄大な景色を思い浮かべながら、飲んでいただきたい。

(サントリースピリッツ社専任シニアスペシャリスト=ウイスキー 三鍋昌春)


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