美容師さんと話すのが苦手です
作家、石田衣良さん

美容院が苦手です。美容師さんと話すことを考えるのがおっくうです。話が途切れぬよう気を使うのも疲れます。(埼玉県・女性・40代)
◇
ちょうど昨日、ぼくも美容院にいってきたばかり。最近は気分転換のために髪形を変えたので、カラーリングをしてパーマをかけてと、なんと3時間半の苦行になります。お尻は痛くなるし、店にある雑誌は読みつくしてしまうし、帰り道は疲労感でぐったりという始末。
あなたが美容師さんと何を話せばいいのか困るのは、ぼくも実によくわかります。だいたい1、2カ月に1度しか会わない友人でもない相手と会話がそうそうはずむはずがありません。
しかも、あなたにはある種の思いこみがある。大人というからには、いきつけの店の人とさらりと落ち着いた、つかず離れず趣味のいい会話ができなくてはならない。そういう前提がなければ、美容師との会話がうまくいかなくて困るなんて考えもしないですからね。
ぼくは昔から不思議なのですが、やたらと店の人間と仲よくしたがる人というのがいますよね。すぐに友人のような顔をして、その店はいきつけだから無理が効くんだなどという。店側の人と友達であることを、強力にアピールする人物です。
そういう人を心のなかで、すこしだけうらやましく思いながらも、ぼくは断固として店側とは距離をとりたいタイプです。面倒はかけたくないし、ただの客としての一線を崩したくもない。常連になりそうだと、危険を察知して、わざと間隔を空けてお気にいりの店から遠ざかったりもします。これはむやみに人の多い東京で生まれた性分かもしれませんが、店の人に自分を容易につかまれたくないという本能が働くようです。
さて、ここまで読んできたなら、ぼくの解答は予想がつくと思います。あなたにはいくつになっても世慣れずに、たまに会う美容師さんとは緊張して話に困るくらいの「含羞」の人であってほしいのです。恥じらいと節度を忘れてはいけません。
ということは、今のあなたのままでなんの問題もないということになります。まあ、月に1度美容院にいくとして、残りの人生でまだまだ数百回も居心地の悪い鏡のまえの時間を味わうことになる。ご愁傷さまです。
ほどよく趣味のいい人になるためには、それくらいの苦行はしかたないのだと思って、あきらめてください。まあ、それでもたわいのない下品な話をやたらと大声で話し続ける嫌みな客の千倍はましなので、ぼくはひそかに苦しんでいるあなたのほうを応援しています。
[NIKKEIプラス1 2018年3月24日付]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。