医師が語る 自殺する人と、踏みとどまる人の違い自殺について考える(上)

日経Gooday

個人のパーソナリティーを形成するものには、家庭や学校、友人・仲間といった要素がありますが、その根底には、その人の信念や宗教観、自殺を含めた生死に関する文化・社会通念があります。

無宗教の国は自殺率が高い

――確かに、自殺を罪とする宗教もあるので、そうした信仰を持つ人は、自殺を思いとどまれるのかもしれませんね。

そうなんです。これについても、WHOが興味深いデータを公表しています[注1]。世界の国や地域の自殺率を宗教圏別にまとめたデータで、これによると無宗教と見なされる国や地域の自殺率が圧倒的に高く、次いで仏教、キリスト教、ヒンズー教で、最も低いのがイスラム教の順になっています。自殺というデリケートな死因のため、そのすべてが報告されているわけではないことが考えられますが、教義で明確に自殺を禁じている宗教圏では自殺率が低い。一方、無宗教の次に自殺率が高い仏教は、自殺を明確には禁止しておらず、「極楽浄土」「輪廻(りんね)転生」といった思想から、自殺を誘発する懸念があることが指摘されています。

※A global perspective in the epidemiology of suicide:suicidologi 2002掲載のグラフを基に作成

こと日本に関しては、無宗教もしくは仏教の方も多く、自殺を含めた生死に関する文化・社会通念にも、自殺を誘発しやすいベースがあると考えられます。私はこの生死に関する文化・社会通念が、自殺に対する心理的な閾値(いきち)に最も影響するのではないかと思っています。

――それはどういうことでしょう?

例えば、時代劇では切腹のシーンがしばしば見られますよね。あれも自殺の一種ですが、美化されて描かれることが多いので、自死に対して罪悪を感じるよりも、むしろ自死をもって責任を取ることへの称賛や憧れのような気持ちを抱くことがあります。そうしたいわゆる「切腹文化」の名残が、自殺に対する心理的な閾値を低めているように思うのです。

というのも、日本では自殺に対して、「そうなってしまったことは気の毒だけど、最終的には本人が決めたことだから仕方がないよね」という考えを持つ人が少なくありません。しかし、繰り返しになりますが、自殺者のほとんどは、精神科で診断がつくレベルのうつ状態になっていて、客観的な判断ができなくなっていますから、本人が冷静に自殺を決意したわけではありません。だからこそ、自殺に至ってしまう前に、サポートすることが重要なのです。

かつての日本ではこのことがあまり理解されず、自殺予防対策がなかなか進まない現状がありました。しかし、1998年に前年の自殺率を35%も上回り、自殺者が3万人を超えたことをきっかけに、国を挙げての自殺予防対策が進められることになりました。

◇  ◇  ◇

後編「自殺を防ぐために 知っておきたい『TALKの原則』」では、日本で自殺予防対策の取り組みが進んできた背景と、身近な人が「死にたい」と口にしたときに、それを防ぐ「ゲートキーパー」の役割を果たすための対応の仕方を解説する。

[注1]A global perspective in the epidemiology of suicide:suicidologi 2002

(ライター 田村知子)

張賢徳さん
帝京大学医学部附属溝口病院精神神経科教授。1991年東京大学医学部卒業後、帝京大学医学部附属市原病院・本院で臨床研修に従事。97年英国ケンブリッジ大学臨床医学系精神医学博士号取得。同年帝京大学市原病院精神神経科講師、99年同大学溝口病院精神科神経科長・講師、2004年同科長・助教授、08年同科長・教授。川崎市や横浜市の自殺対策事業など公的活動に積極的に参画。日本自殺予防学会理事長。

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