チェルノブイリの記憶 汚染区域に侵入する若者たち

日経ナショナル ジオグラフィック社

ナショナルジオグラフィック日本版

チェルノブイリの原発事故によって立ち入り禁止区域となったプリピャチへ向かうクニャーゼフ氏。途中、空っぽになった豚の飼育小屋でひと休み(PHOTOGRAPH BY PIERPAOLO MITTICA, PARALLELOZERO)

史上最悪の原子力事故の現場、チェルノブイリでは、今も鋼鉄のシェルターの内部に推定200トンの放射性物質が眠る。汚染が最もひどい地域から半径30キロ圏内――この立ち入り禁止区域は、人間の愚行を弔う巨大な霊廟(れいびょう)だ。事故から30年あまりたった現在、この場所を再び生きた人間がうろついている。「ストーカー」を自称して、立ち入り禁止区域に無断で侵入する人々が増えているのだ。彼らは何を求めてチェルノブイリに足を踏み入れるのか。写真10点とともにレポートする。

跡地をめざす旅行者たち

彼らは闇に紛れて入り込み、放射線を浴びた森を歩いたり、人のいなくなった村で眠ったり、プリピャチの街に立つ崩れかけた屋根の上にのぼる朝日を眺めたりしている。「地球に残された最後の1人になったような気分になります」。こう語るのは、立ち入り禁止区域に50回ほど侵入し、現地で合計1年ほどの期間を過ごしたユージン・クニャーゼフ氏。「空っぽになった村や街、道路を歩くと、不思議な興奮を覚えます」

「ストーカー」という言葉は、ストルガツキー兄弟による1971年のSF小説『路傍のピクニック』に由来する。この物語では、異星からの来訪者が危険な品々を残していった区域を「ゾーン」と呼んでいる。立ち入りが厳重に禁止されたゾーンに入り込む「ストーカー」たちは、異星人の残した物を盗み出しては違法に売りさばく。この小説は後にアンドレイ・タルコフスキー監督によって『ストーカー』というタイトルで映画化されている。チェルノブイリ事故の15年前に出版された同作の内容は、まるで未来を予言するかのようだ。

チェルノブイリで立入禁止区域との境界線に向かうマキシム・ルディヤフスキー氏とアレクサンデル・シェレフ氏(PHOTOGRAPH BY PIERPAOLO MITTICA, PARALLELOZERO)
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