チェルノブイリの記憶 汚染区域に侵入する若者たち

日経ナショナル ジオグラフィック社

「最も美しいのは、人間が去ったこの場所で見る夜明けです」とクニャーゼフ氏は話す(PHOTOGRAPH BY PIERPAOLO MITTICA, PARALLELOZERO)
チェルノブイリ原発の4号炉から3キロほど離れた建物の屋根で眠るシェレフ氏。彼の両親は事故当時発電所で働いており、父親は「リクイデーター」(清算人の意)として現場に入った(PHOTOGRAPH BY PIERPAOLO MITTICA, PARALLELOZERO)
閑散としたプリピャチのプール施設を歩くクニャーゼフ氏(PHOTOGRAPH BY PIERPAOLO MITTICA, PARALLELOZERO)
プリピャチの地下室で水筒に水を汲むシェレフ氏。線量計がない状態では、彼らがどれほどの放射線にさらされているのかはわからない(PHOTOGRAPH BY PIERPAOLO MITTICA, PARALLELOZERO)
チストゴロヴァ村にある第二次大戦の記念碑。村は汚染がひどく、事故後に破壊されて土に埋められた。中央広場に立っていたこの像が、唯一の村の名残だ(PHOTOGRAPH BY PIERPAOLO MITTICA, PARALLELOZERO)
ウォッカで乾杯するストーカーたち。クニャーゼフ氏が使っているゾーン内のアパートにて(PHOTOGRAPH BY PIERPAOLO MITTICA, PARALLELOZERO)
夕暮れ時、プリピャチの屋根の上で踊るストーカー(PHOTOGRAPH BY PIERPAOLO MITTICA, PARALLELOZERO)

(文 Gulnaz Khan、訳 北村京子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 2017年12月28日付記事を再構成]

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