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ドイツのカツレツ 大切な青春の味 都倉俊一さん 食の履歴書

NIKKEIプラス1

2018/3/2

1948年東京生まれ。72年に「どうにもとまらない」で日本レコード大賞作曲賞。作詞家の阿久悠氏らと組んで「個人授業」「五番街のマリーへ」「UFO」などヒット曲を量産。2010~16年日本音楽著作権協会(JASRAC)会長。横綱審議委員会委員。岡村享則撮影

「君の中にはなんの違和感もなく、乃木希典大将とビートルズが共存している」。盟友だった作詞家の阿久悠さんはこう評したそうだ。外交官の父と暮らした通算7年のドイツ生活が食と音楽に独特の感性を育み、クリエーターたちとの化学反応を生み出してきた。

■独り暮らしで培った和と洋の味覚

「和洋折衷」が子どものころから当たり前だった。だから「食文化のジャンルにはまったくこだわりがない」。外交官だった父に随行し、小学校時代はボン、高校時代はベルリンで家族と暮らした。

晴れがましかったのは正月や天皇誕生日。日の丸を高々と掲げた大使館や領事館の公邸でそぼろご飯やシイタケの煮付け、カンピョウ、卵焼き、さつま揚げなどが入った幕の内弁当に舌鼓を打った。

「かつお節と昆布で出しをとった本格的な日本料理が出るのでいつも楽しみにしていた」。日本人に生まれて良かったと思える瞬間だった。

一方で日々の食卓で慣れ親しんだのはドイツの家庭料理。母や住み込みのドイツ人シェフがよく作ってくれた。

■シュニッツェルはソウルフード

特に忘れられないのが「シュニッツェル」と呼ばれるカツレツ。豚や子牛の肉をたたいて薄く延ばし、パン粉をまぶして油で揚げ、そこにレモンをギュッと絞って食べる。

「サクサクした食感がなんとも絶妙。粗野だけど栄養が豊富でおいしい」。いまでも懐かしいソウルフードだ。

音楽も食事と同様、ジャンルを問わずに楽しんできた。4歳からバイオリンを習い、クラシック音楽に親しむ一方で、高校に入るとエレキギターにも熱中。ビートルズのコピーに明け暮れてきた。

「カラヤンが指揮するベルリン・フィルの厳かな演奏に感銘を受けた」。そうかと思えば「現地の仲間とバンドを組み、ロックコンサートで演奏するのも楽しかった」。

そんな自由で柔軟な感性が花開くのは、2度のドイツ生活を終えて日本に帰国したすぐ後のこと。学習院大在学中に作曲を始めると「あなたの心に」が大ヒット。仕事が次々と舞い込むようになる。

阿久さんと出会ったのもそのころだ。初めて食事をしたのは神奈川県湯河原町にある風光明媚(めいび)な海沿いの旅館。ある音楽プロデューサーから曲作りを依頼され、一緒に合宿することになったのだ。

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