C・イーストウッド監督「当事者が演じる真実を追求」
新作映画『15時17分、パリ行き』
2015年に欧州で起きたテロ未遂事件を題材にしたクリント・イーストウッド監督の新作映画『15時17分、パリ行き』が3月1日に日本で公開される。『アメリカン・スナイパー』(14年)や『ハドソン川の奇跡』(16年)など、近年、実話に基づく物語に取り組んできた監督に米ロサンゼルスで話を聞いた。
事件に遭遇した米兵を主人公役に
「パリ行き列車に武装した男、乗客らが取り押さえ」。2015年8月21日、欧米メディアは一斉にテロ未遂事件の第一報を伝えた。オランダのアムステルダムを出発してパリへ向かっていた高速列車内で、乗客が自動小銃で武装した上半身裸の男を取り押さえた。本作は、このとき中心的な役割を果たした米兵ら3人を主人公にすえ、実際にその本人たちに自身の役を演じさせた。幼なじみのスペンサー・ストーン氏、アレク・スカラトス氏、アンソニー・サドラー氏の3人だ。
当初は「俳優は別に探し、(3人には)技術アドバイザーを頼もうとしていた」と監督は話す。だが、3人が一緒に居るときの「自然な振る舞い」に接するにつれて、作品のリアリティーを追求するのには本人たちが演じるほうがよいのではと考えるようになったという。監督の方から「ある打ち合わせの時に『自分たちを演じるのはどうだろう?』と提案した」と明かす。
これまでもプロの俳優ではない人物を起用したことはあるが、限られたシーンだけだった。3人が主演を了承すると「とても面白いし、単純に、大変なことになるだろうとも思った」と振り返る。
結果的に「当事者のキャスト」は主人公の3人にとどまらなかった。事件に居合わせた人々を探して出演する気持ちがあるかを尋ねると、乗客や治療にあたった看護師、警察など多くの人が「いいよ」と答えてくれたという。「私と数人のクルーをのぞいて、撮影現場にいたのは皆当事者だった。彼らは再び彼らになった」と監督は言う。事件当日の主人公たちの体験を目の当たりにしているようだったという。
世界中で今もテロは起きている。「このストーリーは良い結末を迎えることができたから、伝えようと考えた」と監督は話す。ただし「過去数年は良い結末にならなかった事件が数多く発生している」。狙撃犯に立ち向かっていった主人公たちは「その瞬間は『何も考えていなかった』と言うが、正しい時に正しいことをした」と考えている。
幸せな日常が一変する現実
ただ、映画における列車内の襲撃シーンは決して長くない。幼なじみ3人の子ども時代から始まるストーリーは中盤以降、ほとんどが彼らが事件に遭遇する前に欧州を旅行する映像に充てられている。「ミレニアル」と呼ばれる世代の普通の若者と同じように観光名所を訪ねたり、ナイトクラブで遊んだり。「彼らは悪い時間がやってくるなんて思っていなかった」と監督。幸せな日常がふいに変わりうるという現実を提示したかったようだ。
イラク戦争に4度おもむいた米国人狙撃手をモデルにした『アメリカン・スナイパー』、米ニューヨークのハドソン川への旅客機不時着を扱った『ハドソン川の奇跡』のように、近年は実際に起きた事件を題材にした映画を積極的に撮影している。どんなテーマを選ぶかについては「特定の法則があるわけではない」と言うが、読んだ本や目にした写真から強い印象を受けることが多いという。『アメリカン・スナイパー』の場合は「(原作となる)本の最終章を個人的に読んでいる時に映画の監督をしないかという連絡をもらった」。
最終的には、事実であれフィクションであれ、演出の仕事は「ストーリーに突き動かされている」。ちなみに次に撮影する映画も事実に基づいた作品にするつもりかを尋ねると「もちろんさ」と答えた。
(シリコンバレー=佐藤浩実)
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