練習1時間で花園へ 新日鉄住金社長を育てたラグビー新日鉄住金の進藤孝生社長(上)

団体競技の重要性を説くなかで、ラグビーが紹介されていたんです。それでラグビーっていいなと思ったのです。

全国屈指の強豪、秋田工業を破り、2年生で全国大会「花園」への出場を果たした。

ラグビー部には「強くなりたい」と思って入ったわけではありませんでした。ところが、僕が2年生のとき、県の大会で秋田工業を破り、全国大会に出ちゃったんです。秋田工業は全国大会で何度も優勝した屈指の強豪校でした。全国大会は、大阪の花園ラグビー場(東大阪市)で開かれます。監督以下、全員が「秋田工業を破って出てきたチームが、無様(ぶざま)な負け方をしたら恥になる」と思っていました。ただそれだけでした。

第46回全国高校ラグビー大会で、ラインアウトのボールに手を伸ばす進藤氏(1967年)=本人提供

花園での試合では、「あれ、対戦相手のスクラムが意外と軽いな」という印象を受けました。初出場とあって謙虚に臨んだからそう感じたのかもしれませんが、実は秋田のラグビーはものすごくレベルが高かったんです。結局、その年は準決勝まで進み、天理高校(奈良)に負けました。その天理が優勝したんです。

1日にわずか1時間の練習で、なぜ僕らが強くなったのか。花園に出場した2年生のとき、15人で1チームなのに部員が17人しかいなかったんです。僕らが入る前の年、1年生が5人ほど入部してやっと15人になったんです。それまでは、試合に出る人が足りないからと陸上部から人を借りていたと聞きました。僕らの学年から7、8人が入部してやっと人数がそろったんです。

強くなれた理由の一つは、児玉先生の指導方法でした。当時の練習方法は、スクラムならスクラム、パスならパスをひたすら練習し、試合に臨むというやり方がほとんどだったんです。ところが、児玉先生の練習は、ルールもわからないうちから試合形式でした。人数が少ないからそうなっちゃうんだけど、1時間試合形式でやって、そのあと足りないところがあれば、30分ほど個人で練習するというスタイルです。短いと思われるかもしれませんが、グラウンドを1時間走り回るんだから、それ以上やってもあまり意味がないんです。

部員が少ないという弱点が、強い責任感を生んだ。

もう一つの理由は、みんなの責任感です。僕の1年上の先輩で、早稲田大学に進学してオールジャパンになった藤田康和さんというスタープレーヤーがいました。彼はチームの司令塔といわれる「スタンドオフ」というポジションで、キックが正確でした。彼がフィールドの外に向けてボールを蹴ると確実に決まって、敵陣に近づくんです。そこからボールを投げ入れて試合を再開する「ラインアウト」で、相手のボールを奪って攻め込む、これが僕らの勝ちパターンでした。

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