週末レシピ なめろう三段活用 プロが教える房総の味
週末レシピ、今週は房総の漁師メシから生まれ、今や全国各地へと進撃を続ける「なめろう」である。ネーミングのキャッチーさ、サクの端っこや小さな魚でも美味に変身させるすばらしさ、何より食べて間違いのないおいしさで、お客さんはもちろんのこと、料理人からも愛されている。そのため最近は、房総から遠く離れた土地で提供されることも多い。
千葉県の房総が発祥であるため、ひょっとするとまだなめろうが知られていない土地もあるかな? という不安もあった。しかしTwitterで出身地別に尋ねてみたところ、意外にもなめろうはよく知られていた。しかも、西日本と東日本で知名度に差はなかったのである。
「なめろうを知らない」と答えたのは、東西どちらも1割。残り9割のうち「なめろうを知っている。食べたこともある」が6割強、「知ってはいるが食べたことはない」が3割弱。また食べたことがない人の中にも「テレビで見て以来の憧れ。早く食べてみたい」「近所の店のメニューにあるので、気になっていた」などと、なめろうに歩み寄ろうとする気配が感じられた。なので安心してご紹介しようと思う。
私が以前飲食店を経営していたころ、名古屋ではまだなめろうの知名度は低かった。「舐めろ?って何ですか?」とお客さんにも何度も聞かれたし、同業者が店にくると「これはなに? どうやって作るの?」と質問攻めにされたものだ。しかし内容がわかるとお客さんは「食べてみたい」となるし、同業者は「うちの店でも出してみたい」となる。
意外と変化球の少ない「刺し身」というジャンルに新しい色がつけられるとあって、作り方を教えた人は皆、自分の店でも作り始めたものだ。つまり名古屋でなめろうを出している店は私の弟子、もしくは孫弟子と言っても過言……です。ハイ、大口をたたき過ぎた。忘れてほしい。
と、ともかくなめろうの全国制覇は、もう目前まできている。しかし! なめろうと称するニセモノがぬけぬけとはびこっているのも事実である。実際に目の前で「なめろうって何ですか?」「アジのタタキに味噌をつけたものですよ」というようなやりとりが行われたり、出てきたものが「アジのヌタ」状態だったりして、私の中の房総魂が爆発しそうになったことは何度もある。
技法は、いたってシンプルだ。しかし、味噌タタキとは違うのだよ、味噌タタキとは! と、堂々と胸を張れるなめろうにするには、ちょっとしたコツがある。そこに着目してほしい。
今回は南房総市にある「南房総なめろう研究会」の会長を務める、「寿司と地魚料理 大徳家」の栗原和之氏じきじきにお手本を見せてもらえることとなった。では見せてもらおうか、本当のなめろうとやらを。
【材料 (店での1人前/2人でつまむとちょうどいいくらいの量)】
アジ 鮮度のいいもの 中2尾 / 味噌 / ショウガ / ネギ / 大葉
【手順】
(1) アジを三枚におろし、皮をむく
(2) すべての材料を合わせる
(3) たたく、たたく、そしてたたく
冒頭で申し上げたように、なめろうはもともと漁師の食べ物である。
今とは違い手こぎ船が主だった時代は、一度海へ出てしまえばある程度の釣果が得られるまで港へ帰ってくることはなかった。しかし、いつまでも海にいたら当然お腹は減る。なので釣った魚を船上で食べることになる。しょうゆでなく味噌なのは、小さな船はよく揺れるため液体ではこぼしたり、瓶が割れたりしてしまうこともある。それで味噌が選ばれた。
さらに釣ったばかりの新鮮すぎる魚は、歯ごたえばかりでうま味がない。魚の種類や大きさにもよるが、適切な処理をし、一定の時間を置かないと魚というものはうま味が出てこないのだ。しかし船の上では熟成させる時間などない。なので徹底的にたたくことで細胞を空気に触れさせ、発酵調味料を合わせることにより、強制的にうま味を引き出す。それが、なめろうの正体なのだ。
つまり、なめろうを味噌タタキではなく、なめろうに仕上げるには「とにかく徹底的にたたく」こと。これに尽きる。栗原氏によると「心臓の鼓動の4倍のスピードでたたくとよい」とのこと。まねしてみよう。
味噌、ショウガ、ネギ、大葉の量や割合は「適宜」とさせてほしい。特に味噌は住む地域や、嗜好によって味わいがまったく違うため、一律に「10グラム」とはとても言えないからだ。また魚の脂の乗り具合や、酒と合わせるのか、ご飯のおかずにするのかでも量は変わってくる。この日の画像を参考に、自分の舌を信じて自由に増減して構わない。ちなみに私の自作は九州の麦味噌で作るので、房総のものと比べると甘めであるが、これが私にとっての「おいしい」なのである。自分にぴったりの味わいを探そう。
では作っていこう。
アジの身は適当に細切り、ショウガは粗みじん切り、大葉は1センチ幅くらいに刻み、ネギは小口切りにしておく。まな板の上にすべてを乗せたら、味噌と一緒にトントンとたたいていく。
たたく。
たたく。
たたいてたたいて叩きまくる。
さすがプロ仕様ピカピカ出刃包丁の威力はすさまじく、切り身からなめろうになるまでものの1分とかからない。家でもできれば重い包丁でガンガン細かくしていくことが望ましい。
だが家には万能包丁しかない方が普通だろう。その場合は包丁を2本使ってもいいし、1本しかないのであればできるだけ一刀に重みを乗せること。豪快に、そして繊細にだ。
もっちりと包丁にまとわりつくようになり、ねっとりなめらかな粘りが出てきたら、まな板の上でまとめていこう。タタキからなめろうに昇格する目安は、粘りだ。プロのなめろうは、端から包丁でそっとすくうだけで皿に乗せることができるくらい、もっちり粘っている。ここを目指してほしい。
さあ、出来上がったらすぐ食べよう。先ほども言ったように、なめろうは空気に触れさせることで強制的にうま味を引き出している。ということは劣化も早いということだ。食卓に酒を用意してからたたき始めてもいいくらい刹那の美味、それがなめろうなのだ。
さて今回はなめろう三段活用ということで、「さんが焼き」と「さんがら」もご紹介しよう。
さんが焼きは、なめろうを焼いたもの。本当はアワビの貝殻に詰めて焼くのが正統だし美しいのだが、房総と違って気軽にその辺でアワビの貝殻を入手できる地域ばかりではない。それに房総でも貝殻オーブン焼きだけでなく、ハンバーグのように丸めて油で焼く方法をとる店もある。正直、どちらもおいしい。なのでお好きな方法で焼いてみてほしい。
さんがらは、なめろうをほぐしながら炒ったふりかけ状のものだ。これは、本当にヤバイ。語彙を忘れてヤバイとしか言えないくらいの、メシどろぼうだ。これが食卓にあるせいで、人生で何杯余分にご飯をお代わりしたことか。このぜい肉の何%かは、さんがらのせいで蓄えてしまったものだと言っていい。
鍋には油をしかず、なめろうをただ炒っていくだけだ。コロコロそぼろ状で食べてもいいし、ふわふわになるまで炒ってよりふりかけ感を楽しむのもいい。ご飯だけはたっぷり炊いておくことをオススメする。
なめろうをもっと気軽に作るのであれば、スーパーなどでよく見かける「刺し身の切り落としお値打ちパック」を活用する手もある。実はなめろうに使われる魚はアジだけではない。その時その船でとれた魚のうち、高く売れるタイやヒラメなどをのぞき、お金にならなそうな小魚を使用するのだ。なのでその日のなめろうは、釣果次第の一期一会となる。また同じ房総半島でも、地域によってなめろうに使う魚は違う。アオヤギなど貝類を使うところもあるし、カツオが主体のところもある。ネギではなくタマネギを使う地域もある。大徳家には「カツオの血合いだけでなめろうを作ってくれ」という猛者もきたという。
まして家庭であれば、アジにしばられることもないだろう。刺し身の切り落としを使うと「意外とイカ入りもいけるな」などと新しい発見があったりもする。私など「フグとマグロのなめろう」なんてものまで試してみた。違う街の違う魚で、新しいなめろうが誕生するのは、ちょっと楽しみである。
(食ライター じろまるいずみ)
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