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食の達人コラム

バーボンは愛国心の酒? 米独立戦争で、自前の原料に 世界5大ウイスキーの一角・ジャパニーズ(13)

2018/2/16

バーボン 写真はイメージ=PIXTA

皆さんは三角貿易という言葉を覚えていらっしゃるだろうか? 一般によく知られているのは、英国-インド-中国(清)の三角であろう。

18世紀、産業革命を通じて綿織物の大量生産に成功した英国が、その綿織物をインドに輸出、その代金としてインドで得たアヘンを清に輸出。清から輸入していた茶、絹織物、陶磁器などの決済に使うという貿易である。アヘンの輸入を禁止した清と英国の間で1840年に始まったアヘン戦争に負けた清は、1842年の南京条約で香港を割譲し、領事裁判権(治外法権)を認め、関税自主権を失った。

アヘン戦争後、賠償金支払いなどのために清は農民に重税を課したため1851年に反乱が起き、反乱軍は太平天国を建国。清がこの反乱を鎮圧したのは、14年後の1864年であった。

この英国の中国進出は、結果的に日本のウイスキー誕生に貢献することになる。ジャパニーズウイスキーの章で詳細を紹介したい。

アメリカの三角貿易で取引された歴史を持つラム酒=PIXTA

一方、アメリカが登場する三角貿易が、インド、中国から見て地球の裏側で始まっていた。こちらの三角貿易は、アメリカンウイスキーの発展に寄与する。

アメリカと言っても、コロンブスが1492年に発見した西インド諸島や中南米も含まれる。そして、アフリカがこの貿易で大きな苦難を味わう。

まず、英国がアフリカに綿布、ラム酒(以下ラムと表記)、武器、日用品などを売り、その売り上げで奴隷を仕入れる。その奴隷をアメリカやカリブ海諸国、中南米で売り捌き、プランテーションで働かせる。プランテーションでできた綿花を加工した織物、コーヒー、たばこ、砂糖をヨーロッパで売り、また直接アフリカ市場で売る。英国-アフリカ-アメリカの三角である。

17~19世紀のこの大西洋三角貿易の利益こそ、英国産業革命の原資の一つとなったのだった。スコッチウイスキーも実はこの貿易の恩恵を受ける。

例えばスモーキーモルトで有名なアイラ島のウイスキー産業。グラスゴーの裕福なたばこ商人が島の前オーナーから1726年に島を購入する。新オーナー一族は何代にもわたって、アイラ島の発展のために農業、水産業から始まって繊維業、鉱山業などまで産業振興を図る。その中にウイスキーも入っていたのだ。

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