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それでも親子

モデル・滝沢眞規子さん 節句・祝い事に母の愛情

2018/2/9

1978年東京都生まれ。専業主婦をしながら2010年ファッション誌VERY(光文社)専属モデルに。自動車や化粧品のCM出演でも注目される。16年第9回ベストマザー賞受賞

 著名人が両親から学んだことや思い出などを語る「それでも親子」。今回はモデルの滝沢眞規子さんだ。

 ――実家は東京・葛飾の衣料品製造業だそうですね。

 「75歳の父が経営し、68歳の母はずっと専業主婦です。私が実家にいた頃には国内で50人、タイでも200人ほどの工場を運営していて、父はとても忙しく過ごしていました。あまり家にいなかったので父は子育てに口を挟むことが少なかったのですが、母は夜、私たちきょうだいのことを相談していたようです。帰りが遅くなると、最後の切り札として父が出てくるということもありました」

 「父の愛情は感じていました。幼い私が頭が痛いと言った時など、父は痛いところをずっとさすっていたし、暗くなると車で迎えに来てくれたものです。きょうだいには現在IT(情報技術)企業勤務の兄と、弁護士の妹がいます。真ん中の私は、家族のムードメーカー的な存在だったと思います」

 ――大学卒業直前に、22歳でアパレルブランドのネイバーフッド社長の滝沢伸介さんと結婚しましたね。

 「学生時代に東京・原宿のカフェでアルバイトをしていて、客だった11歳年上の夫と知り合いました。就職活動はしていましたが、夫は当時、私に家庭に入ることを望みました。私も少し働いて家庭に入るより、一度家庭ですることをしてから仕事をしてもいいのではと考え、専業主婦になりました」

 「結婚話が出た時、父母は『あなたが自分で選んだなら』と納得していました。それにちょうど父の会社が厳しくなり、住んでいた家を離れる話が出ていた時期でもありました。私が家を出れば部屋は一つ少なくて済みます。タイミングがうまく合ったと言えるでしょう」

 ――3人の子を出産後、モデルとしてスカウトされ、すぐに「タキマキ」の愛称で支持されました。

 「モデルの話が来た時、最も背中を押してくれたのは夫です。それ以来、仕事を家事の手抜きの理由にするまいと、どちらも全力で取り組んできたつもりです。母は誕生日や節句など、節目ごとの行事を欠かさず行い、私たちに愛情を注いでいました。今、私の子は14歳、11歳、9歳で上と下が娘です。私がそうであったように、子どもたちが将来思い出せるような行事をしていきたいと、祝い事は必ずしています」

 「折に触れ、子どもに伝えていることがあります。『パパが仕事でがんばったから今の恵まれた暮らしがある』ということ。夫は6畳一間のアパートからブランドをつくりました。子どもたちはこれから、自分で社会の変化に対応しなければなりません」

 「子どもも思春期を迎え、自分の意見を言うようになってきました。私の両親のように子どもに愛情を注ぎつつ、親としてのあり方を変える時期が来たと感じています」

[日本経済新聞夕刊2018年2月6日付]

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