ナショジオ

スペシャル

打ち上げ失敗、原因はハイフンひとつ 米探査機の教訓 失敗だらけの人類史

日経ナショナル ジオグラフィック社

2018/2/4

ナショナルジオグラフィック日本版

惑星探査機マリナー1号、2号の外観(イラスト:NASA)

 宇宙探査の歴史に多くの事故があったことは言うまでもない。なかには、コンピュータープログラムにおけるたったひとつの「ハイフン」の見落としが、莫大な予算をつぎ込んだロケットの打ち上げ失敗を招いた例もある。この「抜けていたハイフン」の物語は、ナショナル ジオグラフィックの書籍『失敗だらけの人類史 英雄たちの残念な決断』(ステファン・ウェイア著)でも紹介している。身の回りのあらゆる機器、機械、インフラがコンピューターによって制御されている現代、この失敗は、プログラマーのみならず万人への教訓となりうるだろう。

■初めての惑星探査

 1950年代後半、米国とソ連の宇宙開発競争が始まると、NASAのジェット推進研究所(JPL)は、大型で高機能を誇る一連の惑星探査機「マリナー」の壮大な計画を立案した。これほど大きな探査機の打ち上げは、新型の強力な打ち上げ用ロケット「アトラス・セントール」の開発にかかっていたが、これは厄介で多額の費用が必要となりそうだった。

 そこで、最終的にはマリナーの機能を減らして装備も必要最低限に抑えるしかなく、打ち上げも、すでにある打ち上げ用ロケット「アトラス・アジェナB」で行うことになった。このようなコスト削減にもかかわらず、マリナー計画の規模は5億ドル以上に膨らむこととなる。

マリナー1号の打ち上げの様子(写真:NASA)

 金星を目指したマリナー1号は、米国が初めて地球以外の惑星へと送り出す無人探査機だった。動力供給を補助する太陽電池パネルが取り付けられていたほか、目的地の金星を調査するための機器を搭載していた。この探査機はアトラス・アジェナBによって、1962年7月22日に打ち上げられた。

ナショジオ新着記事

ALL CHANNEL