米国生まれのバーボン 独自の材料と製法、法律で定義
世界5大ウイスキーの一角・ジャパニーズ(12)
あれは1975~6年ごろだっただろうか。
店にはラベルとボトル形状が違う様々な種類のウイスキーが突然湧き出したように並べられていた。それらの見慣れないボトルはバーボンだった。行きつけのコンパで、ある日突然バーボンは現れ、私はバーボンを知った。
「コンパ」という業態は、カウンターが回りを囲む大きな浮輪のようなバーがいくつもプールに浮かんでいる感じであった。バーごとに女性バーテンダーが入っており、水割りやハイボールをつくってくれる。いわば、いくつものショットバーが一つのフロアに集まったようなものだ。
評価が高まる国産ウイスキーへと至るウイスキーの歴史と魅力をひもとく本連載、今回から舞台はアメリカ大陸に移る。バーボンの物語だ。
大学最終学年になっていた私が週末になると通ったそのコンパは、新宿東口にあった。渡辺真知子の「迷い道」中原理恵の「東京ららばい」庄野真代の「飛んでイスタンブール」などの曲が店内で流れていた。
それまでの「サントリーウイスキーホワイト」に代えてボトルキープした黄色や黒のラベルのウイスキーを使ってハイボールをつくってもらった。心地よいバニラの香り、甘さはキャラメルのようで何よりもスムーズですいすい飲めた。甘さと爽快さにほほずりしたくなるような親近感を覚えた。黄色いラベルは「アーリータイムズ」、黒っぽいのは「オールドチャーター」、その他「J・W・ダント」や「エンシェントエイジ」があったと記憶している。後に「I・W・ハーパー」や「ブラントン」にもめぐりあった。それは、日本でこれまで数回あったバーボンブームの走りであった。
一時期熱愛したバーボンだったが、いつの間にか距離ができた。大学院に進学してスコッチに魅入られるようになって、私は徐々にバーボンから離れていった。その後今の会社に就職して、サントリーウイスキーの味わいを高めるため日々格闘していた私には、もうバーボンを飲む機会はなくなっていた。
新宿のコンパから20年がたった1997年のことだった。あるアメリカのバーボンウイスキーメーカーからの招きで、突然バーボンの蒸溜所を訪問することになった。
久しぶりにそのメーカーのバーボンを飲んだ。酒はその時々の情景を感情とともに記憶していて、ある日飲み手に返してくれる。この機能において酒に勝るものはない。その中でもウイスキーの記録容量はとても大きく、映像はシャープだ。
冒頭紹介したヒット曲が耳の底で響き出した。あの頃の日々が映画のようによみがえってくる。そして気が付いた。実は自分がバーボンについて何も知らないことに。アメリカンウイスキーとバーボンウイスキーの違いさえ答えることができなかった。これではあんまりだと、出発までの日々、色々調べ始めた。2度、3度とバーボンを飲んだ。たるの味わいとともに、安心感が広がり、あの頃が戻ってきた。
ウイスキーの熟成過程で新だるでの貯蔵が規定されているバーボン、80年~200年生育したホワイトオークの樹が過ごした時間は材成分として蓄えられる。そのたる材の成分はたるで熟成する間にウイスキーに分け与えられる。ウイスキーのアルコール分は、飲み手に向かって酔いを突き付けるのではない。樹の記憶が積み重なった材成分を溶かし出し、飲み手に届ける媒体なのだ。たるの方もその媒体を受け入れるため内面を焼き焦がすことによって、成分が溶け出しやすいようにする。
樹のひそやかな記憶がバーボンという液体を通して飲み手の体内に入ってくる。樹と同化して時間が置き換わる。優しい思いが満ちてくる。私はここでオルドビス紀(4億8800万~4億4300年前)から石炭紀(3億5900万~2億9900万年前)までに起きた水生生物の陸生化に思いをはせる。陸生化に伴い進化した防御と構築。たる材になる樹々には様々な成分が含まれる。
例えばその一つ、豊富に含まれるポリフェノールの働きを見てみよう。強い抗酸化力は酸素からの防御をつかさどる。と同時に重合して硬くなり、自らを空中に持ち上げ、より多く太陽光の照射を受けて光合成を有利に進めるための構造物となる。気の遠くなるような長い植物進化の過程がウイスキーに移行する。ウイスキーがもたらす「覚醒の酔い」は、ビールや日本酒には含まれていない樹の成分が関わっているのかもしれない。
バーボンの勉強の結果、「バーボンはアメリカンウイスキーの一種である」ことが分かった。アメリカンウイスキーは米国産ウイスキーの意味。では米国産ウイスキーにはバーボンの他にどのような種類があるか、製法はどうか、は実はネットで容易に確認できる。
https://www.law.cornell.edu/cfr/text/27/5.22 をクリックすると、以下が出てくる。
CFR>Title 27>Chapter I>Subchapter A>Part 5>Subpart C>Section 5.22
CFRとは、「Code of Federal Regulations」、つまり「連邦規則集」のことである。簡潔な英語で書かれており、読みこなすのにそれほど難しさは感じないのではないだろうか。
セクション5.22の(b)クラス2にウイスキーについての記述がある。つづりは「whiskey」ではなく「whisky」だ。
まず、ウイスキーとは何かからはじまる。バーボンウイスキー、ライ(ライ麦)ウイスキー、ウィート(小麦)ウイスキー、モルト(大麦麦芽)ウイスキー、あるいはライモルトウイスキーについて製造方法の規定が書かれている。
ポイントは以下の通りだ。
それぞれのウイスキーごとに原料と使用比率の縛りがある。
まずバーボンウイスキーに使われるコーン、ライウイスキーに使われるライ麦、以下小麦、大麦麦芽、ライ麦麦芽の比率が、それぞれ51%を下回ることがない発酵醪から度数80%を上回らない蒸溜液を得て、62.5%を超えない(たる詰め)度数で、チャーしたオークの未使用の容器で貯蔵して製造したウイスキー、そして、同種のウイスキーを混和したものも含む。
(ii)はコーンウイスキーのきまりでコーンの使用比率は80%となり、貯蔵容器も使用済み、または、チャーしていないオークの容器、そして、方法のいかんを問わずチャーした木材による処理(熟成など)を行っていないこと、が決められている。
カッコ部分は、具体的な記述がないため私が補った。また、たるに相当するcasks、barrelsという単語は使われずcontainersと表示されている。
追加で、一つ記憶に留めていただきたい定義が「ストレート」という名称だ。「2年以上たる熟成」したものに使える。
この規則集に出ているウイスキーの種類は、他に「ライトウイスキー」「ブレンデッドウイスキー」「スピリットウイスキー」「スコッチウイスキー」「アイリッシュウイスキー」「カナディアンウイスキー」である。
アメリカンウイスキーの代表格「ジャック・ダニエル」はテネシーウイスキーという原産地呼称を使っているが、原産地呼称についてはCFRに書かれていなかった。ケンタッキー州でつくられてきたバーボンなのに「アメリカ国内で製造」という規定があるだけで「ケンタッキーで」という産地の規制はない。
原産地呼称と言えば、ワインが有名。ボルドーワイン、ブルゴーニュワインと言えば、行政区のボルドーレジオン(地域圏)、ブルゴーニュレジオン(地域圏)で生産されたワインに限定される。それが、世界的なルールだ。
一方、バーボンがもともとバーボン郡に由来するとすれば、その地域で生産されたものに限定されるはずだ。しかし、米国はバーボンに特別の定義を与えた。製造方法を規定し、産地についてはアメリカ合衆国内と決めたのだ。
スコッチウイスキーと比較するといいだろう。モルトウイスキーとグレーンウイスキーはあっても、スペイサイドウイスキーやアイラウイスキーという製法上の規定はない。バーボンウイスキーは、米国にとって地名を超えた価値や象徴性を持つのだろう。
米国で生まれたバーボンは、それまで飲まれていたウイスキーと違い、独自の材料と製法を持っている。1964年のアメリカ連邦議会で、バーボンは「米国生まれの唯一のスピリッツ」「米国の偉大な発明品」と宣言されたことからもそれがうかがえる。
テネシーウイスキーの呼称は、NAFTA(North American Free Trade Agreement)やCanadian food and drug lawsで規定されている「テネシー州政府がテネシー州で生産したことをオーソライズしたストレートバーボンウイスキー」に準拠しているとのこと。CFRはベーシックな規定を定めたもので、それを満たした公的な取り決めであれば、後は任せると、そのように運用されているようである。
ケンタッキー産バーボンは、ラベルにケンタッキーの地名が表示されている。バーボンウイスキーの95%がケンタッキーで製造されていることなども併せて考えると、テネシーウイスキーのように独自性を法律で担保しなくてもよいと考えられているのかもしれない。
庄野真代の曲が流れるバーボンハイボールの新宿の酒場からいきなり「飛んで」アメリカウイスキーの規則集に引っ張り込んで申し訳ない。実際、飛んで行ってみると、そこに広がる大地の印象は、庄野真代の歌声の中のある種の寂しさではなく、素朴で前向きの明るさを持っていた。ヨーロッパで感じることのあるいわゆる演歌的世界と出合うことはなかった。バーボン、そして、その兄弟のテネシーはその風土や土地柄をそのまま身にまとった温かさで私を包んでくれた。
バーボンは、ブルボンというフランスの王朝名が由来だが、スコッチのようにフランスワインの影響を受けたわけではない。独立独歩で発展し、その間に酒類にとって最も過酷な法律「禁酒法」を経験し、乗り越えたウイスキーだ。「禁酒法」の後も、様々な苦難を経験してきた。最近では不況であった1970、80年代を生き延び、今や大手のウイスキー会社も、そして何百というクラフトディスティラリーも日の出の勢いで活発に動き始めた。売り上げは国内だけでなく、世界中で伸びている。このアメリカンウイスキーの歴史をバーボンに視点を置いてこれからたどっていこう。
今回お奨めするウイスキーは、まず「ジム ビーム」、白地ラベルのスタンダード、現在世界で一番飲まれているバーボンだ。そして、「ノブ クリーク」。
「ジム ビーム」を飲むなら断然日本がいい。日本でサントリーが掘り下げ、普及させたハイボールのつくり方があるからだ。ウイスキーのおいしさを引き出すことができるつくり方としては世界最高と実感している。日本で飲む「ビームハイ」に味わいの説明は要らない。豊かなたる香に酔っていただきたい。
「ノブ クリーク」はバーボンにおける私の基点となる存在である。ケンタッキー州クレアモントの蒸溜所をはじめて訪問した時、会う人ごとに勧められて、それではと初めて飲んだ。それ以来、私にとっては故郷に帰ったような安心感をもたらす存在としてすり込まれたウイスキーである。クラフトバーボンと呼ばれる仲間だが、口の中で転がし、ゆっくり飲み込む時感じられる味わいには、魂が揺さぶられる充実感がある。
(サントリースピリッツ社専任シニアスペシャリスト=ウイスキー 三鍋昌春)
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