もう一度食べたい絶品カツ丼 秘伝ソースの正体とは?
カツ丼礼賛(12)
これまで様々な地域のカツ丼を紹介してきたが、なかなか十分には紹介しきれなかった。そこで2018年最初の今回、これまでの地域で紹介できなかった珠玉のカツ丼の数々を紹介してみたい。
最初は北海道から。
北海道の主流は玉子とじカツ丼だが、一部限定的にしょうゆ味の非玉子とじカツ丼エリアがある。玉子とじカツ丼の具にはタマネギ以外にタケノコとシイタケが一般的に使われることが多い。北海道以外では青森の一部でも使われることが確認できているが、それ以外の地域ではほとんど見たことがない、独特の具材だ。
見た目は普通のカツ丼と変わらないので紹介を見送ったが、とても記憶に残る味わいのカツ丼が、道北の稚内市の南東方向に立派なホタテ貝で有名な猿払(さるふつ)村にある。北海道ローカルの某番組で、全道各市町村の住民にヒアリングして、そのまちでおいしいお店をランキング形式で紹介する企画があるのだが、そこで紹介されたのが「笠井旅館」。その食堂がお昼の2時間ほどだけ営業している。
そばとカツ丼がおいしいとのことだったが、実際カツ丼を食べてみると、黒コショウがかなり効いている。とんかつの下味に強めに使われているのだろうが、タケノコ・タマネギが入り、評判のそばのだしもしっかりとしている、クオリティーの高いカツ丼に、味のアクセントとして黒コショウが効いている「コショウカツ丼」ともいうべき逸品だ。
また玉子でとじない、しょうゆベースのたれで、うな丼や豚丼に近い味わいの甘辛いカツ丼が、名寄市、浦河町、訓子府(くんねっぷ)町に存在するのだが、実は訓子府に隣接する置戸(おけと)町にも同様のカツ丼がある。昭和27年創業の老舗「一福」はその代表的な一店だ。
ご飯の上にノリがちりばめられ、甘辛い味付けのたれをくぐらせたカツがのったシンプルなものだが、なんともバランスのいいカツ丼。衣の歯触りも心地よい。
もう一軒、印象的だった店を紹介したい。
札幌の「銀星食堂」は札幌駅近くながら昭和な雰囲気の老舗食堂。昭和41年の創業。デカ盛りでも有名だが、カツ丼もしっかりうまい。タマネギ、シイタケに加え、北海道限定の三色なるとのきざみが入っている。
カツ丼にナルトが入ること自体珍しいが、三色ナルトとなるとかなり希有。味とともにビジュアルも印象に残るカツ丼だ。
続いて岩手県。
岩手県南部、一ノ関周辺には個性的なソース系のカツ丼がかなりある。いわゆるソースカツ丼から、おそらく日本で唯一のあんかけソースカツ丼、玉子とじにソースをかけるハイブリッド型カツ丼など、実にユニークだ。
そんな中、県北の一戸町にちょっと珍しいカツ丼がある。「中華カツ丼」だ。
全国の大衆的な中華食堂にカツ丼があるのは珍しくはないが、だいたい玉子とじで、スープに鶏がらを使っているため、コクのあるおいしいカツ丼だったりする。ところが広島、大阪、京都、岐阜の一部に中華風あんかけカツ丼が存在する。これについては改めて紹介したいと思うが、なぜか岩手北部でポツンとあるのを見つけたのだ。
一戸のお店の名は、昭和54年創業の「えいらく」。「カツ丼」と「中華風カツ丼」の両方がある。
カツ丼は一般的な玉子とじ。一方、中華風カツ丼はタマネギと溶き玉子スープのあんかけを浅い皿盛りのカツにかけたもの。甘辛い味付けは玉子とじカツ丼と同様で、スープは鶏ガラと豚ガラを合わせており、豚は地元の佐助豚を使うというこだわりのカツ丼なのである。珍しいだけではなく、しっかりおいしいカツ丼だ。
次は山梨県だ。
山梨県はカツ丼が明治30年代後半にはあったという説がある、カツ丼発祥の地の一つだ。山梨のカツ丼は独特で、一般的にソースカツ丼といわれるが、ソースは最初からはかかっておらず、着丼してから自分でソースをかけて食べるスタイル。全国でもここだけの唯一無二のカツ丼である。
甲州カツ丼などといわれることがあるが、甲州とは甲斐の国=山梨県のことであり、山梨県全体がこのスタイルだと誤解されているようだ。しかし実際には甲府市、山梨市を中心に笛吹市、甲斐市、韮崎市などを除く市町村では「煮カツ丼」といわれる玉子とじのほうが一般的だそうだ。
甲府にはこのスタイルのカツ丼が多くあるが、中でも個人的に好きなのが昭和42年創業の「とんかつ力(りき)」である。箸で切れるほど柔らかいとんかつの名店で、甲府のカツライス丼も当然うまい。カツにこだわるのはもちろん、ポテトサラダも産地限定の男爵で、自家製マヨネーズはレモンと塩で作る。
味も見た目も美しい「煮カツ丼」も人気。どちらもうまいので毎回迷ってしまう。ちなみにこちらは今や甲府名物となった、甲府とりもつ煮の発祥の店のひとつでもある。
次は長野へ行こう。
長野も県全体としてはソースカツ丼王国、特に駒ヶ根・伊那地方では玉子とじがなく、ソースだけという店も少なくない。駒ヶ根が全国的に有名だが、今回伊那の名店「青い塔」を紹介しよう。
昭和21年創業時からのソースを使ったボリュームあるロースカツ丼は、伊那谷のソースカツ丼の発祥といわれている。ラードで揚げているとんかつだが、さっぱりと仕上がっており、地元の人気店として、多くのお客さんでいつもにぎわっている。
続いて私が日本一カツ丼のバリエーションが豊富と思っている岐阜県を紹介しよう。
岐阜県はとにかく地域性があり、また個店でもユニークなカツ丼が豊富にある。地域独特のカツ丼としては、瑞浪のあんかけカツ丼、土岐のてりカツ丼、恵那の大正カツ丼などがある。岐阜市内に至っては、玉子とじ、玉子のせ、みそ、和風デミグラスソース、中華風、たれ、ソースなどありとあらゆるカツ丼が狭い地域に存在する。
バリエーション豊かな岐阜にあって、恵那の「野内」、大垣の「鶴岡屋」は特に奥深いうまさのカツ丼を出してくれるが、この2店と合わせて個人的に「岐阜3大カツ丼」と呼んでいるのが中津川の「平林」だ。
こちらのソースも個性的で正直何が入っているかわからないが、とにかく複雑で豊かな味わいの絶品のソースだ。
一言でいえば和風のデミグラスソースなのだろうが、しょうゆカツ丼だという人、カレー風味だという人もいるが、どうやら本当に様々な調味料が入っているため、どう感じるか人によって表現が違うようだ。それにしても一子相伝といわれる秘伝のソース、ぜひ長く続いてほしいものだ。
最後に福井に行こう。
福井市、敦賀市周辺はヨーロッパ軒の圧倒的影響で、ソースカツ丼が多いが、少し離れると玉子とじ系のカツ丼結構ある。それとは別に鯖江にはダブルソースのカツ丼がある。「味見屋」はウスター系のソースカツ丼用ソースがご飯にかかり、カツの上にはデミグラスソースがかかる。
そしてなんと餅屋でもある「のだや餅舗」の食堂で出されるカツ丼は、ご飯にしょゆがかかり、カツの上からデミグラスソースである。ダブルソースというのも珍しいのに、近い距離で、ソース系としょうゆ系があるというのも驚きだ。
改めてカツ丼の奥深さと面白さを感じた2017年だったが、今年もまた新たなカツ丼との出合いに期待したい。
(一般社団法人日本食文化観光推進機構 俵慎一)
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