動脈硬化や冷え性も改善 「ストレッチ」の意外な効用
「今年こそ運動を」というアナタへ(2)

本格的な運動の前後にやることが多い「ストレッチ」。体の柔軟性を高めて運動時のケガを防いだり、運動後の疲れを取ったりする効果が知られているが、それだけではなかった。実はストレッチ自体にも「運動としての効用」があるという。立命館大学スポーツ健康科学部教授・家光素行さんの研究から、動脈硬化を改善し、さらに冷え性にも効くことが分かったのだ。
がんに続いて、多くの日本人の死因となっているのが心疾患。そして3位の肺炎に続く4位が脳血管疾患だ。厚生労働省「人口動態統計」によると、2015年に亡くなった人のうち、最も多いがんが28.7%、そして心疾患が15.2%、脳血管疾患が8.7%となっていた。心疾患と脳血管疾患を合わせると23.9%に達し、がんに匹敵するほど多いことが分かる。
心血管疾患の背景には、ご存じの通り動脈硬化がある。動脈の血管が硬くなることで、詰まったり切れたりしやすくなる。その結果、心筋梗塞や脳卒中のリスクは増大するわけだ。動脈硬化の進行度を測定する「PWV(Pulse Wave Velocity=脈波伝播速度)検査」の結果を見ると、一般に40歳を過ぎると動脈硬化が進んでいくことが分かる[注1]。
2017年9月15日時点で、日本人の27.7%は65歳以上の高齢者[注2]。今後も高齢化はどんどん進み、2060年には実に39.9%、2.5人に1人が高齢者になるという[注3]。心疾患や脳血管疾患で亡くなる人はますます増えていくだろう。
毎日1時間歩くと改善する
動脈硬化を改善するには食生活を改め、運動の習慣を持つことが大事だ。
運動にもいろいろあるが、最も動脈硬化の改善作用が高いのは、ジョギングや自転車などの「有酸素性運動」だ。1日45分の自転車運動を週3日、6週間以上続けると、動脈硬化の指標となるPWVが明らかに改善することが分かっている[注4]。
さらに、効果があるのはジョギングや自転車だけではない。「散歩やストレッチにも動脈硬化を改善する作用があります」と家光さんは言う。家光さんらがPWV検査をしてみると、1日の身体活動量が186キロカロリー以上(約1時間の散歩に相当)の人たちは明らかに動脈硬化が進んでいなかったという[注5]。
[注1]Tomiyama H et al. Atherosclerosis. 2003 Feb;166(2):303-9.
[注2]総務省 統計から見た我が国の高齢者(65歳以上)
[注3]国立社会保障・人口問題研究所の推計
[注4]Zempo A et al. J Hum Hypertens. 2016 Sep;30(9):521-6.
[注5]Iemitsu M et al. Hypertension 2006 May;47(5):928-36.
ウオーキングの場合は、「ややきつい運動強度、具体的には電車に乗り遅れそうなときの早歩き程度のスピードで、1日30分歩くことが推奨されている」と家光さん。30分通しで歩かなくても、10分ずつ3回に分けて歩くなど、細切れでもOKだという。2015年の国民健康・栄養調査によると、日本人の1日の平均歩数は男性が7194歩、女性が6227歩。「あと30分余計に歩くと約3000歩増えるので、1日の歩数が約1万歩になります」(家光さん)
体が硬い人は血管も硬い?
そこまではいい。ジョギングや自転車はもちろん、ただ歩くだけでも運動には違いない。しかしストレッチで動脈硬化が改善するとはどういうことだろうか?
もちろん、ストレッチが重要なことは分かる。本格的な運動の前後に行って体をほぐせば、運動中のケガや運動後の筋肉痛の防止につながる。日常的に続ければ体の柔軟性が高まり、生活の中でケガもしにくくなるだろう。
実はその体の柔軟性が動脈硬化と関係しているという。20~83歳の526人を対象にした家光さんらの研究から、中高年層(40~83歳)の場合、「体が硬い人は、柔らかい人に比べて動脈硬化が進んでいることが分かった」のだ(図1)[注6]。

そこで家光さんは「ストレッチで体が柔らかくなれば、動脈硬化も改善するのではないか?」と考え、実験してみた。
結果は予想通りだった。10種目のストレッチを合計40分間行うと、効果は1時間で消えるものの、15分後と30分後には動脈硬化が改善していた[注7]。片方の脚だけ30秒のストレッチを6セット行った結果、ストレッチをした脚だけ動脈硬化が改善することも分かった[注8]。
「ストレッチによって一時的に血管が圧迫されて血流が低下し、やめた直後に解放され、血液が大量に流れる。それが動脈硬化の改善につながるのではないかと思います」(家光さん)
1回やっただけでは効果は長続きしなかったが、長く続けて体の柔軟性が高くなったらどうだろう。家光さんらは中高年のボランティアに、5種目のストレッチ(イラスト参照)を1回10分間、1日2回続けてもらった。4週間後にPWV検査をすると、期待通り動脈硬化が改善していたという(図2)[注9]。


[注6]Yamamoto K et al. Am J Physiol Heart Circ Physiol. 2009 Oct;297(4):H1314-8.
[注7]Yamato Y et al. Am J Phys med Rehabil. 2016 Oct;95(10):764-70.
[注8]Yamato Y et al. Eur J Appl Physiol. 2017 Jun;117(6):1227-32.
[注9]未発表データ
4週間のストレッチで「冷え性」も改善
さらにストレッチは冷え性の改善にも効果があるようだ。
冷え性の人にとって、冬はつらい季節だ。冷え性の人は末端の血流が悪いため、手足の温度が低くなっている。さらに、家光さんらの調査から、「冷え性の人は動脈硬化が進んでいる」というショッキングな事実も分かった[注10]。
そこで家光さんは、冷え性に悩む若い女性たちに5種目のストレッチを1回10分間、1日2回続けてもらった。4週間後、足の指先の表面温度を測ってみると、ストレッチをする前よりも高くなっており、冷え性が改善したことが確認できたという[注11]。
ストレッチによって血流が良くなると動脈硬化が改善するだけでなく、冷え性も良くなるのかもしれない。
「寒い時期はジョギングやウオーキングで外に出るのはつらいもの。ストレッチなら室内で気軽にできるでしょう」と家光さんは話す。
確かに、ストレッチなら運動嫌いの人でも続けやすい。さらに冷え性や動脈硬化の改善作用まで期待できるとなれば、これはやらないわけにはいかないだろう。
[注10]大和,長谷川,藤江,家光. 日本女性医学学会雑誌. 2016;24:29-36.
[注11]未発表データ

(ライター 伊藤和弘)
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