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あの人が語る 思い出の味

料理も音楽も興奮が大事 タフガイ指揮者・佐渡裕さん 食の履歴書

NIKKEIプラス1

2017/12/29

1961年京都市生まれ。89年ブザンソン指揮者コンクール優勝。ベルリンフィルハーモニー管弦楽団など名門オーケストラに客演。現在ウィーンのトーンキュンストラー管弦楽団音楽監督。2018年5月、同楽団を率いバーンスタイン生誕100年記念の日本13公演開催。遠藤宏撮影

年百回の公演をこなす指揮者、佐渡裕さんの食の思い出は、飾り気がなく時に豪快。料理を作る人の真っすぐな思いに触れては感動し、人々に喜びを与えるのは料理も音楽も同じと気づく。大事なのはある種の興奮をもたらす力だ。食の神に愛でられたタフガイは、そう力説する。

佐渡さんの音楽事始めは2、3歳の時。京都の生家で母が教えていたピアノを、自身も別の教室で習い始めた。小学校では縦笛の名手となり、6年生では担任に薦められたフルートに夢中になる。

やがて京都市立芸術大学のフルート科へ。ただ、小さい頃からの夢は指揮者になることだった。在学中に独学で指揮を習得。卒業後は女子大の非常勤講師に就くが、夢は捨てられない。「指揮をするのが無上の喜び。大学の掲示板に張られた指揮者のアルバイトに片っ端から出向いた」

■頑健な体作った母の豪快料理

音楽少年と聞くと色白で細身をイメージしがち。だが佐渡さんは身長186センチで肩幅も広い偉丈夫だ。「兄貴も同じ背丈。90歳の父は170センチあり、祖父はもっと大きい」。頑健な肉体は母の手料理のたまものか。「母の料理はメーンがドカンと豪快」。ギョーザの割当はひとり90個。付け合わせはキャベツの千切りだけ、という具合だ。

仲間が遊びに来れば「朝からコロッケ、すき焼き」というこってりした料理が出た。深夜まで音楽を語り合い、翌朝の定番は春菊の天丼。「さくっと揚げて卵でとじた春菊がのった丼は、今でも母にリクエストする」。音楽一家を支え、自らも音楽を愛する母は佐渡さんの進路に口を出さなかった。ただ、栄養のある料理をまめに作ってくれた。

ある日、先輩がレナード・バーンスタインのサインを見せてくれた。実は小学生の時、初めて買ったレコードがバーンスタイン。1985年、広島平和コンサートのドキュメンタリー番組で、指揮棒を振り下ろした瞬間の、原爆の衝撃を想起させるベートーベンのレオノーレ序曲に圧倒された。「この人こそ自分の先生だ」。87年、バーンスタインが音楽監督を務めるタングルウッド音楽祭の指揮者クラスに応募し、合格した。

■指揮で「食いっぱぐれしない」と占師

心配した母は占師を訪ねた。「指揮でご飯が食べていけるんでしょうか」。占師は「指揮者の生活は想像できない。でも、この人には『食神』という神様が3人もついている。食べることには困らないはず」。確かに下積み時代もひもじい思いはしなかった。

バーンスタインのアシスタントとして赴いたウィーン。日本食材店が1階にあるアパートに部屋を見つけた。カリフォルニア米をよく炊いた。「代わり映えのしない現地の料理に比べて日本の食はすごいな、と」。永谷園のお茶漬けは2度に分けて大切に食べた。店のオーナーは面倒見がよく、今でも交流が続く。

どんな街に行っても、なぜかレストランのオーナーに気に入られた。「これこそ食神のおかげかな」。師の死去後、仏ボルドー管弦楽団の指揮者として招かれた時には、こんなことがあった。地元のすし店に行くと、オーナーが厨房に招き入れた。「『兄ちゃん、好きなだけ食べろ』と。貧乏学生に見えたんだろうね」。寿司を食べたいのに、出てきたのは豚のしょうが焼きと大量のご飯だった。

思い返せば記憶に残る味はお茶漬けや、神戸の洋食店のもやしいためなどシンプルな料理が多い。ただし、いずれも当時の作り手の思いが伝わるものばかりだった。それは音楽でも料理でも大切なこと。「高尚な音楽でも、お客さんを興奮に導けなかったら何の価値もない。シンプルなメロディーでも心に届くことが大事」。料理にも興奮、という要素が必要と思う。

■食でも人を喜ばせたい

25年ぶりのウィーンでは単身生活で料理する機会が増えた。食神の導きか、日本で知り合った料理人にレシピを教えてもらうこともある。キッチンの調味料の数も増えた。膨大な譜面を読み込む時は、タマネギをじっくりあめ色になるまで炒(いた)めて気持ちを落ち着かせるという。

自分の料理を人に供することもある。食でも人を喜ばせたい気持ちは強い。だが、高級食材を使わなくてもいい。「今ある材料で手早くもてなせるようになりたい」

40年前、祖父が病床で「伊勢エビとサイダーがほしい」と母にねだった。サイダーを飲み、「おいしいな」と言って亡くなった。「祖父にとって伊勢エビとサイダーは同じ価値。何万円も払って食べる美味もある。けれど、自分がおいしいなと思う物差しは、違うところにある気がする」

■しいたけ握り とりこに

「贔屓」(東京・銀座)のしいたけとイカの握り

東京・銀座のすし店「贔屓(ひいき)」(完全紹介制)には移転前の神楽坂時代から20年ほど通う。「突き出しやつまみとすしのバランスがいい。握りはお米が口の中で飛び回る。海外から戻れば行きたくなるよ」と佐渡さん。

中でも佐渡さんをとりこにするのはイカとしいたけだ。細かく包丁を入れて焼いたしいたけはジュースがこぼれないよう、裏側を表にして握る。すだちを絞ると、しいたけのうまみが一層引き立つ。ご主人の貝塚孝雄さんは「脂っこいネタの後でも口直しになる。好きな人は多いですよ」。

貝塚さんは佐渡さんに出会ってクラシック好きになり、今では毎年『サントリー1万人の第九』を聴きに行くほど。「佐渡さんは誰にでも同じ目線で接するから子供にも人気がある。正直で素直。だから仲良くなる」

■最後の晩餐

やっぱり、おいしいカツカレー。この間自分でも作りました。タマネギを炒(いた)めて、手羽と香味野菜でスープをとり、牛肉は赤ワインで煮込む。カツも揚げた。鶏・牛・豚の三重奏。そこまでしなくていいけど、白いご飯、お肉、フライの組み合わせは最強!

(編集委員 松本和佳)

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