トヨタとのEV新会社は「マツダ流」 藤原専務に聞く
日本で今、電気自動車(EV)といえば、気になるのは2017年8月に決まったトヨタ自動車とマツダの提携であり、2社にデンソーを加えて9月にスタートしたEVづくりの新会社「EV C.A. Spirit」である。同社にはスズキやSUBARU(スバル)、日野自動車、ダイハツ工業も合流することを決めた。マツダはなぜトヨタと組んだのか。両社が組めば、今までにないどんなシナジー効果が得られるというのか。新会社の開発トップとなったマツダの藤原清志専務を小沢コージ氏が直撃した。
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新しいEVをC.A.のスピリットでつくる
小沢 単刀直入にお聞きします。なぜマツダはEVづくりでトヨタと組むことになったんでしょうか。しかも開発トップは現マツダ専務の藤原さんなんですよね。そこにもびっくりで。
藤原 というか(EV C.A.Spiritの)代表はトヨタの寺師茂樹副社長がされていて、私はそこから委託されて開発のリーダーをやっています。役職としては開発担当部長ということで。
小沢 しかも社名がすごい。「EV C.A. Spirit」だなんて。EVは当然、電気自動車ですが「C.A.」はマツダの開発手法の1つである「コモンアーキテクチャー」(※)の略ですよね? いったいどういうことなんでしょう。
※ 小型車、中型車、多目的スポーツ車(SUV)といったセグメントを超えて、車全体や部品を企画する開発手法
藤原 文字通り、新しいEVをC.A.のスピリットでつくりましょうということです。それだけ彼らがわれわれの力を認めてくれたということでしょう。
小沢 どっちがどう歩み寄ったんですか。トヨタはトヨタで当然プライドがありそうだなと。もちろん豊田章男社長とマツダの小飼雅道社長を見ていると、お互いにリスペクトしているのは十分伝わってくるのですが、現場ってプライドの塊じゃないですか。特にものづくりの人たちは。いわばトヨタがマツダ方式でつくるような話でもあって、そこに一番驚きました。
藤原 そこは規模の違いでしょう。トヨタのメンバーがトヨタ流のやり方をすると、どうしてもコモンアーキテクチャーじゃなくて、モジュール生産になってしまう。それを自戒する意味での社名でもあると思います。
小沢 そうか。トヨタは大量に高品質なものをつくるのが得意だけど、マツダは少量でも多様で高品質なものをつくるのが得意。そこには素人が想像できないくらいの壁があって、それこそが新会社のカギであると。
藤原 コモンアーキテクチャーなので、一つひとつの部品は違う。しかしものづくりの考え方は一緒。そこにわれわれの強みがあります。
キモは多品種少量生産と電池技術
小沢 具体的には藤原さんにどういう指令が下されたんですか。単純に「EVをつくれ」と言われても幅広いじゃないですか。現状、日産自動車「リーフ」は大衆車型EVとしてなるべく安く売ろうとしていますが、まだ電池が高くて巡航距離が短い。一方、最近ではテスラがプレミアムなEVセグメントで成功しているものの、高いし数は出なくて車両単体では利益が出ていないという話があり。EV C.A. Spiritはそこをどう攻めるんですか?
藤原 EVの市場はさまざまなわけです。レクサスのようなプレミアムセグメントもあるし、マツダやトヨタが得意とするコンパクトセグメントもあるし、三菱ふそうトラック・バスやいすゞ自動車のような大型トラックや軽自動車でEVをつくりたいと思っているところもある。私などは軽トラックのEVをつくりたいと思っているわけで(笑)。
小沢 ということはEVで多品種少量生産をやろうとしてるんですか。
藤原 そうです。2020年を越えたあたりからの次の10年間を考えても、まだそんなにEVが伸びるわけではありません。1車種で何百万台が売れるプリウスのような市場ではないので。みなさんが想像しているのとは違って。
小沢 なるほど。EVの当面の需要とクオリティーを考えると、マツダのコモンアーキテクチャー方式のほうが効率的だという合理的な経営判断なんですね。トヨタが優れている、マツダが優れているの話ではなく、規模へのフィット感で決まったと。
藤原 製造地域の話もありますよね。例えばレクサスだと米国では米国向きの大きなクルマが求められる一方、欧州では小さいほうがいいなど、地域によって求められるサイズもバラバラになる。年間20万台ヒットするEVはなかなかないので、さまざまなモデルを、さまざまな地域でつくらなければいけなくなる。そうするとマツダ流のコモンアーキテクチャーのほうが有利でしょうと。
小沢 たしかに。
藤原 それに開発投資はかえって安くなるんです、みんなで割るので。小沢さんもご存じだと思いますが、マツダのフレキシブル生産は同じ生産ラインで「デミオ」も「CX-5」も「CX-8」もつくれるわけです。つまりどこか1つの工場で「マツダ3」を作って、トヨタの「RAV4」を作って、スバルのSUVやダイハツのコンパクトまでつくれるようになれば、絶対ラクになる。オマケにトラックなんかもつくれれば……。
小沢 だんだん分かってきました。EVは当面高いという壁を突破するのが、マツダのコモンアーキテクチャー戦略なんですね。いい狙い目です。
藤原 そうは言ってもそれは一面の話で、もちろんキーは電池なんです。今後電池がはたしてどこまで進化し、安くなるのか。今の技術ではいくら頑張っても利益が出ないので、どのメーカーも少しずつスローにやりたいし、準備だけはしておきたい。いつでもEVの波に乗れるようにね。
小沢 それがEV C.A. Spiritの存在意義だと。
藤原 そうです。
小沢 それはマツダのノウハウを渡しちゃうことでもありますよね。
藤原 それはありますけど、マツダが一括企画だったりコモンアーキテクチャーだったりフレキシブル生産システムの技術を持っていく一方、トヨタさんは長年積み重ねてきた電動化の技術、電池の信頼性だったりモーターの効率を持っていきます。そういう意味ではイーブンです。
小沢 うーん、聞けば聞くほど今のEV包囲網突破の日本の理想の組み合わせという気がしてきました。他国じゃまずできない配合だし。しかしこれは互いに信頼関係がないと無理なコラボレーションですね。
信頼関係を積み重ねた上での今
藤原 2015年の弊社の小飼社長とトヨタの豊田社長との「婚約会見」から約3年経っているわけじゃないですか。その間、当然何もしてないわけはなく、ずっとエンジニアリング同士とかマネジメント同士のつながりを築いてきて信頼関係を得てるんです。つまりじっくりとお付き合いさせていただいて、いいところも悪いところも理解したうえでの新会社ということなんです。
小沢 なるほど! ふに落ちました。ところで藤原さんは、2025~2030年ぐらいに世界の自動車生産の約何割がEVになると思われます?
藤原 頑張っても10%から15%だと思います。ピュアなEVの割合は。
小沢 もっと多いと言う人もいますが。
藤原 もちろん先日トヨタさんが発表した全固体電池(※)が一気に安全性も確保されて、コストも抑えて生産されたら可能性は変わるかもしれません。しかしそれでもエネルギー全体の問題がありますし。
※ 燃えにくい固体電解質を使う電池。燃えやすい有機溶媒を使うリチウムイオン電池に比べ安全性が向上するとされる
小沢 とはいえ北米テスラの大量電池生産工場「ギガファクトリー」があったり、中国メーカーが大量に電池をつくろうとしているわけじゃないですか。すでにリチウムイオンバッテリーの世界生産の半分以上は中国でつくられているという話もあったり、中国で劇的に電池価格が下がって、劇的にEVが普及する可能性ってないですかね。
藤原 まず、ないです。中国だけは少し下がる可能性がありますけど、その他の地域は逆に値段が上がりますから。なぜなら中国政府がリチウムイオン電池の材料を買い占めているので。そこは冷静に見極めないといけません。彼らの思惑に踊らされてはいけない。
小沢 いったいいつEV化の波に本気で乗るべきか。そこは本当に判断が難しそうですね。
自動車からスクーターから時計まで斬るバラエティー自動車ジャーナリスト。連載は日経トレンディネット「ビューティフルカー」のほか、『ベストカー』『時計Begin』『MonoMax』『夕刊フジ』『週刊プレイボーイ』、不定期で『carview!』『VividCar』などに寄稿。著書に『クルマ界のすごい12人』(新潮新書)『車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本』(宝島社)など。愛車はロールスロイス・コーニッシュクーペ、シティ・カブリオレなど。
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