日本のもの作り描く『陸王』 悪人が出てこないワケ
主演・役所広司、原作・池井戸潤という強力タッグで、マラソンシューズ作りで再興を目指す老舗足袋業者・こはぜ屋の奮闘を描く『陸王』(TBS系)。スタッフは同枠で『半沢直樹』や『下町ロケット』など、池井戸作品を手掛けた面々。「これまでのように悪人が倒され、スカッとする話にはならないかも」と語る伊與田英徳プロデューサーに、終盤の見どころを聞いた。

こはぜ屋の社長・宮沢(役所)は理想のソールを作る飯山(寺尾聰)や、アッパー作りを依頼した橘(木村祐一)の協力を得たが、その後、橘は別の業者と契約を結ぶなど、放送の終盤を迎えても、困難はまだまだ続く。
「橘は宮沢を裏切ったように見えるが、社員のため大口の取引を選ぶのは経営者として当然。『陸王』はその人の視点に立てば悪い人がいないのが特徴。銀行が倒産寸前のこはぜ屋との融資を打ち切ろうとしたのも、大手スポーツメーカー・アトランティスがライバル企業のこはぜ屋に横やりを入れたのも、それぞれの立場に立てば正しい」(伊與田氏、以下同)
池井戸作品と言えば、勧善懲悪の話を望む視聴者も多いはずだが、登場人物の誰にも理がある『陸王』を描きたかったのにはこんなワケがある。
「人と人って『時には理不尽なこともあるよね』みたいに、立場が変われば考え方が違うことが自然に描かれていたんです。その積み重ねが魅力的だと思います。物語としても、資源もなく国土も狭い日本が世界とどう戦うのか。それにはもの作りしかない。こはぜ屋が培った技術で生まれ変わる姿を最後まで描き、『日本の底力』のすごさを伝えられたら」
役所広司の説得力とチャーミングさ
池井戸作品は出演者の重厚な演技も見どころ。『陸王』では役所が15年ぶりに連ドラに主演した。
「宮沢は足袋屋が衰退するなか何も手を打ってこなかった人。でも、役所さんが演じると存在感が大黒柱のようで、『ダメな経営者だけれど、ついて行こう』と思わせる説得力がある。『いまでしょ!』と少し前の流行語を嬉々として使う場面では、『こういうオジさんいる』というチャーミングさがあったんです(笑)」

若手では、山崎賢人を宮沢の息子・大地役に、竹内涼真をマラソン選手の茂木役に起用。2人の熱演も話題だ。
「山崎くんは10代の頃からいろいろ吸収し、成長する姿を見てきました。俳優は台本があるから、演じる人物に何が起きるか当然分かっています。でも、山崎くんはその人物に次に何が起こるのか分からないような、生きた芝居をしてくれる。竹内くんはマラソン大会の場面でいたるところにけがを負い、擦り傷を作りながら本気の走りを見せてくれた。その姿を見て、エキストラの皆さんも自然と演技に熱が入ってました」
「現場で皆の気持ちがひとつになるのは感動的だった」と伊與田氏。劇中、結束してもの作りに挑む宮沢たちもそれは同様。この作品は、いつの時代も真っすぐな情熱が人の心を打つことを教えてくれる。
(ライター 田中あおい)
[日経エンタテインメント! 2018年1月号の記事を再構成]
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