HIITの一種 タバタトレーニングで前がん細胞減少?
「今年こそ運動を」というアナタへ(1)
運動は筋肉を増やし、体脂肪を減らすだけではない。最近の研究から、がんや認知症のリスクを低くし、寿命を延ばす効果も確認されている。実は、最近注目を集めている「HIIT(ヒートまたはヒット)」というトレーニング法の一種であるタバタトレーニングにも、疾患予防の可能性があるという。早くからHIITの有用性を研究して論文として発表した立命館大学スポーツ健康科学部教授・田畑泉さんの話を聞いた。
最近、「HIIT」というトレーニング法をよく見聞きするようになった。High-Intensity Interval Training(高強度インターバルトレーニング)の略称で、中でも20年以上研究を続けている田畑さんが考案したメソッドは「タバタトレーニング」と呼ばれる。具体的には、「高強度の運動(全力の運動)を20秒間、休憩を10秒間挟んで6~8セット、疲労困憊(こんぱい)するまで行う」というものだ。
やってみると非常にきつい運動なのだが、忙しい現代人には「圧倒的に短時間でできる」ことが大きな魅力になっている。1セット30秒なので、8セットやっても4分で終わる。ところが、そのトレーニング効果は大変大きい。
田畑さんらが行った研究では、タバタトレーニングを週4回、6週間続けると、最大酸素摂取量(有酸素性運動のエネルギー供給能力の指標)と最大酸素借(無酸素性運動のエネルギー供給能力の指標[注1])がどちらも高まった[注2]。つまり、100メートル走のような無酸素性のエネルギーが必要な競技(無酸素性運動)、マラソンやサッカーのように持久力が必要な競技(有酸素性運動)、そのどちらにも効果があるということだ。そのため、「今では世界中で多くのアスリートが行っています」と田畑さんは話す。
アスリートはトレッドミル(ランニングやウオーキングを行うための運動器具)やエルゴメーター(自転車のペダル踏み装置など)を使ってタバタトレーニングを行うことが多いが、必ずしも道具は必要としない。ダッシュなどでもOKで、ポイントは疲れ果ててバテバテになるような運動であることだ。タバタトレーニングのポイントや実際にやっている様子は立命館大学のホームページ(http://www.ritsumei.ac.jp/rs/category/tokushu/151106/)で紹介されているので、ぜひ参考にしてほしい。
今回田畑さんは、タバタトレーニングの大腸がん予防効果を調べた。
急増している大腸がんは生活習慣で予防できる?
がんの中でも、大腸がんは患者数も死亡数も多い。国立がん研究センターの調査によると、2015年の「部位別がん死亡数」は、男性の場合、肺がん、胃がんに続いて第3位が大腸がん。女性では第1位だった。
しかも、大腸がんは年々右肩上がりで増え続けている。その原因として多くの専門家が指摘するのは、食生活の欧米化と運動不足だ。「生活習慣の変化によって増えているという意味では生活習慣病の一種。つまり、大腸がんは生活習慣によって予防可能ながんともいえる」と田畑さんは指摘する。
実際、運動習慣があると大腸がんのリスクはほぼ確実に低下するといわれる。
[注1]運動を開始すると酸素摂取量(有酸素性エネルギー)が増加するが、運動開始初期には酸素必要量と酸素摂取量との間に差が生じる。この不足している分を無酸素性エネルギーで補っている。この酸素不足分のことを酸素借という。
[注2]Tabata I,et al. Med Sci Sports Exerc. 1996 Oct;28(10):1327-30.
大腸がんはいきなりできるわけではなく、いくつかのステップがある。正常な細胞が、まずACF(前がん細胞)に変わり、これがポリープになり、ポリープががんになる。そして、日常的に強度の高い運動をしている人は、大腸のポリープが少ないことが分かっている[注3]。
1985年に秋田赤十字病院の工藤進英外科部長(当時)がポリープを経ずにできる「陥凹(かんおう)型大腸がん」を発見したが、ほとんどの大腸がんはポリープからできる。そのため「ポリープが少なければ、大腸がんのリスクが低くなると考えて間違いないだろう」と田畑さんは言う。
では運動によって、なぜ大腸のポリープができにくくなるのか?
田畑さんによると、「メカニズムとして考えられているのはSPARC(Secreted Protein Acidic and Rich in Cysteine)という筋肉から分泌されるたんぱく質」の働きだ。
運動すると筋肉でSPARCが作られ、これが血液を通じて大腸に運ばれる。このSPARCがACFのアポトーシス(細胞死)を誘導、つまりACFを殺す[注4]。その結果、ポリープができにくく、がんの発生も抑えられるという。田畑さんの研究から、タバタトレーニングによってSPARCが増えることも確認されている。
4週間、タバタトレーニングを続けたラットたちは……
しかし従来、大腸がんの予防に有効であるというエビデンスがあるのはあまりきつくない中等度の運動だった。一方、タバタトレーニングの強度は極めて高く、わずか4分でもヘトヘトになる。「高強度の運動はストレスが大きいため、免疫力を高めないのではないかと思われていた」(田畑さん)という。
しかし、タバタトレーニングは確かにきつい運動だが、短時間で終わることを考えると意外とストレスは大きくないかもしれない――。そう考えて田畑さんらは、実際どうなのかを調べるためラットを使った実験を行った。
事前に大腸がんを起こしやすくなる薬を与えたラットを2群に分け、一方にだけタバタトレーニングを週4回やらせた。具体的には、体重の16%の重りを付けたうえで、20秒間の水泳と10秒間の休憩を12セット(6分間)行わせたという。
4週間後、何もしなかったラットに比べ、タバタトレーニングを続けたラットに発生したACFは半分以下に抑えられた[注5]。タバタトレーニングによって前がん細胞が減ったのだ。
あくまで動物実験にすぎないし、この結果だけで「タバタトレーニングは大腸がんを防ぐ」と断言することはできないだろう。しかし、その可能性が示唆されたことは確かだ。大腸がんが気になる人はまめに検診を受けるとともに、中等度の運動やタバタトレーニングを含め、定期的に運動することを心がけよう。タバタトレーニングは運動中に血圧がかなり高まる。また、関節に大きな負担がかかる場合もあるので、事前に医師に相談してから行いたい。
[注3]Kono S,et al. J Clin Epidemiol. 1991;44(11):1255-61.
[注4]Aoi W,et al. Gut. 2013 Jun;62(6):882-9.
[注5]Matsuo K,et al. Med Sci Sports Exerc. 2017 Sep;49(9):1805-16.
立命館大学スポーツ健康科学部教授。1982年、東京大学大学院教育学研究科体育学専攻修士課程修了。鹿屋体育大学体育学部教授、国立健康・栄養研究所健康増進研究部長などを経て、2010年より現職。著書に『究極の科学的肉体改造メソッド タバタ式トレーニング』(扶桑社)など。
(ライター 伊藤和弘)
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