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あの人が語る 思い出の味

好物の揚げ物断ち プロ生活24年 川口能活さん 食の履歴書

NIKKEIプラス1

2017/12/1

1975年静岡県生まれ。94年にプロ入りし、イングランドやデンマークでもプレー。長らく日本代表に名を連ね、ワールドカップは初出場の98年フランス大会から4大会連続のメンバー入り。国際Aマッチ出場数116は歴代3位、ゴールキーパーでは同1位。自伝となる「壁を超える」(角川新書)を10月に出版 岩田陽一撮影

ワールドカップ(W杯)初出場の1998年フランス大会でもゴールマウスを守り、日本サッカーをけん引してきた。揚げ物断ちにみられるストイックな食事はプロ意識の高さ故。42歳の今も幼少期の大好物は封印、ピッチに立ち続ける。

故郷の静岡県は全国有数のサッカーどころ。と同時に、マグロやカツオ漁獲量全国1位の水産県。自宅の食卓に並ぶ母の手料理は、魚料理が多かった。「煮物を中心にバランス良く。おかげで健康に育つことができたし、太りにくい体質にもなったかもしれない」

幼少期は極度の野菜嫌い。大好きなカレーでも、野菜の具は残し続けた。「試しに食べてごらん」。小学校入学を控えたある日、それまで何も言わなかった母の言葉で口にした。カレーの味が染み込んでいて「意外とおいしかった」。以降、サラダも苦にならなくなった。

小学3年でサッカーを始めたが、その頃から揚げ物や肉類を好むように。特に鶏の手羽空揚げ。試合に持参する弁当にも母が必ず入れてくれた。昨今は小学生チームでも栄養指導があるが「当時は食べたい物を食べる感じ」。タンパク質を積極的に食べていたおかげか、長身だが細身だったのが「1学年上のチームでプレーしても対等に渡り合える体格に成長した」。

■月1回のカツ丼、幸せのひととき

中学で県の選抜チームに入るなど実績を重ね、名門の清水市立商業高校(当時)に進学、下宿を始める。下宿生は「赤弁」と呼ばれる仕出し弁当が毎日の昼食。「食べ盛りに加え猛練習。毎日ほぼ同じメニューには飽きたが、それ以上に量が足りなかった」。4時間目の授業が終わるとパン売り場に駆け出した。監督が月1回、カツ丼をごちそうしてくれる時が「幸せのひととき」だった。

高校3年時に全国制覇を果たし、94年にプロ入り。2年目には元代表の先輩からレギュラーを奪う。高校時代は親元を離れていたため、中学までに比べて栄養が偏っていた状態でのプロ入りとなった。「体脂肪が少し多いな。油を抜こうかな」と漠然と考えてはいたが、チームのトレーナーから栄養学の基礎を学び、食への意識が高まった。

■プロ入りで覚悟、戦うための食制限

タンパク質、脂質、炭水化物の分類。摂取量やタイミング。実践すると筋肉もつき始め、プレーの変化に手応えもあった。「プロになるからには何らかの覚悟が必要だと思っていた。食事面の自己管理は、アマチュアからプロになるためのスイッチになった」

W杯初出場などでサッカー人気が高まる中、日本代表クラスともなると、選手のキャラクターまでが注目された。そんな時代を駆け抜けてきた。川口の場合、ストイックさを強調する話が広まった。例えば焼き鳥や天ぷらは皮や衣をとる。「皮は脂肪分も多いと聞いたので、確かに外してました。天ぷらの話はどうだったかなあ。そもそも天ぷらは注文しませんよ」と苦笑する。

日本サッカーが世界で戦う舞台には必ず川口の姿があった。王者ブラジルを破った96年のアトランタ五輪、4大会連続でメンバー入りしたW杯、2連覇の立役者となったアジアカップ。数々の海外遠征での最大の楽しみは、日本料理店での食事会。雅楽が流れる中、すき焼きの鍋を囲む。「料理だけでなく、雰囲気も含めて、自分が和んでいるのが分かる。日本人を実感する瞬間ですね」

8月に42回目の誕生日を迎え、プロ24年生となった。所属するサッカーJリーグ3部(J3)のSC相模原では、レギュラーとしてゴールマウスを守っている。プレー面でも精神面でもチームを支える姿は健在だが「40歳少し前から、食に対する姿勢は少し緩くなりましたよ」と打ち明ける。

■妻の野菜カレーが今は一番好き

子供を持ち、ファストフードやファミリーレストランにも足を運ぶようになった。チームの食事で、皆で同じメニューを頼む流れになれば、食事制限の枠を外すこともある。でも「鶏や魚を中心に、焼くか蒸すかという基本は変わらないですけど」。実際、自宅には揚げ物を作るための調理器具もない。幼少期の大好物、鶏の空揚げが食卓に並ぶこともない。今は妻の作る野菜カレーが一番の好物だ。

家族、特に妻に対し、アスリートの食生活に付き合わせているとか、我慢させているとの思いもあるのだろうか。「僕と同じ食生活を送ることで、妻も結婚前より体調が良くなったそうなんですよ」と、この日一番の無邪気そうな笑顔を見せた。

■体重減補う特別定食

「味処 道」(静岡県磐田市)で練習後に食べていた定食

9年間在籍したジュビロ磐田時代、頻繁に通ったのが静岡県磐田市の「味処 道」(電話0538・35・1811)。本拠地のヤマハスタジアムから徒歩数分の立地。単身赴任していたときは朝食にも通った。練習後は毎回お決まりの「特別メニュー」。練習で毎回体重が2キロ減ると聞いた店主の鈴木勝さん(45)が「がっつり食べたい」という川口選手の要望に応えた。

メーンは鶏のモモ肉とサバの塩焼きの2本立て。川口選手が「絶品」と評価するだし巻き玉子に加え、乳酸菌や鉄分、繊維質を採れるよう、キムチやヒジキなどの小鉢を添えた。「確かに鶏肉の皮は毎回残してましたね」(鈴木さん)。日替わりの「道定食」(1180円)や「だし巻き玉子定食」(880円)で、川口選手の食卓の雰囲気が味わえる。

■最後の晩餐

エビフライ、食べたいです。普通のではなく、おいしいエビフライ。小学校の国語の授業で読んだ「エビフライ定食、すごくおいしくて」という文章がずっと頭の中に残っていて。揚げ物は制限しているので、引退したら、極上のエビフライを探してみます。

(嘉悦健太)

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